E3 2013の感想と考察・「The Division」「Watch dogs」、「Destiny」「MGSV」が織りなすネクストレベルの未来光景(追加版)

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あたりまえのオープンワールド オンライン シングル・マルチプレイヤーの境界消失? タブレット連動などの多重インターフェース 拡張現実

 さて現行のビデオゲームの世代が過去最長のスパンののちに、いよいよ次世代へと向かうことになったことで今回E3で発表された作品の中で話題になった作品たちがあるテーマを共有して表現して見せているかのようで、例年になく良かった。

 そうオレが感じたのも、そのテーマというのはそれはなんと言うべきかな、初代のプレイステーションに現れた諸作品が見せた90年代のテクノロジーと社会変化の合わさった光景みたいな時代の前線が作りだした象徴的な未来光景というもののような、2010年代(こうしたディケイドの区分け自体ももしかしたら時代遅れになるのかも知れないが・・・)のテクノロジーと社会環境が生み出す、時代とテクノロジーの拮抗が生み出す象徴的な未来光景になるのではないか?と久方ぶりに思わされたからだ。

 ではその「この時代の未来光景」を思わせたそれは何か?ということで、E3にてハイライトを飾ったUBIの「The Division」「Watch dogs」 、Bungieの「Destiny」そしてコナミ小島組「MGSV」から予想される2010年代・AAAタイトル最前線での未来光景の考察。

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 さてオレがE3にて一種のテーマを共通させていると感じたのは以上の4作であって、簡単なゲームメカニクスの共通項を言えば「オープンワールドであることによる、プレイヤーの操作・戦略選択の幅の多い、俗に自由度を感じられるベース」 、次に「オンライン・マルチプレイヤーということの、目的や形式以上に一つのギミックとして作品世界に生かしているように見える手法」であり、そこからさらにひとひねりしてその表現される世界と環境という面では現在のコンソール機とPC・スマホ・タブレットのボーダーというのが融解しつつあるかのような環境から導き出される「インタフェースとしてもう一つのタブレットを連動させるというような仕掛けの面」から、今の現実の社会環境のような「スマートフォン普及に見られるような日常的にまで浸透した情報の送受・恒常的なオンライン接続といった環境をモチーフにしたかのような、写実的な現実世界の表現に加えてさらにそうした恒常的な情報を拡張現実として表現する」といったそれだ。

 以上のテクノロジー環境をエンターテインメントとしてまとめ、2010年代に想定される未来光景というものを特に先行して提示して見せていると思ったのが「The Division」と、そして去年のE3からここでも話題にした「Watch dogs」 だ。UBIはこの二つのタイトルを発表した意味で、少なくともオレにはどこよりも早くGTAやスカイリムといったシングルからオンラインさえ含むオープンワールド以降の未来光景のヴィジョンを提示しているかに映る。

 

 2000年代ってのは今振り返れば90年代コンソールのカオスを経て「現実の写実化、シミュレート化ってことまでのレベルをいかに上げるのか?」という、ある意味では非常にわかりやすい技術進歩の道のりであったと思われ、その象徴的な最大のジャンル発明の一つだろうオープンワールドに関しては「シェンムー」が試して「GTA3」が爆発させるが乱暴かつ単純な図式だが、新たなゲームメカニクスとしてのそれは麻薬的に物凄く面白かったのだが、いかんせんそのビデオゲーム構造、テクノロジーの構造といった逆転までも含む二次的なひねりを見せた表現まではなかなか出てこず、そういう面での深みが足りないとオレには面白がりにくかった。

 しかしネットワークの普及・安価によるスマホ・タブレット普及などに見られる人間が常時オンライン接続で莫大や情報やネットワークに頼っているという現実のテクノロジー環境の激変により、現実それ自体がテクノロジーやネットワークに頼る比重と高くなっていった。

 結果「現実を写実化するオープンワールド」と「ネットワークに常時接続の情報送受のインターフェース」というそれはゲームメカニクスの中で一体となり「Watch dogs」 のスマートフォン使用による都市システムへの介入といったそれから「The Division」に見られる拡張現実としてのマップからステータス画面もリアルタイムに腕にホログラム表示されるという、ステータス画面へと切り替えないゲームシステム表現のメタ的とも言える見せ方に見られる近未来光景を生みだしている。まあこれは「dead spece」が最初に始めたのかは知らないけどこの作品は架空の未来世界でのそれでなく、当然の現実世界の一端としてそのテクノロジーが繋がってる、という絵が曖昧な言い方ではあるが現代的であると思う。

 だからもうオレが愛好している90年代の「FF7」「クーロンズゲート」から、今の「Deus ex:HR」に見られたようなブレードランナー的な未来世界絵図からやや進んだ展望から、先の「GTA」シリーズ「コールオブデューティ」シリーズ的な写実化といった二つの路線をもう少し越えたところにUBIがアプローチをかけている。「全てのオープンワールドを過去にする」と言わんばかりに極めて現代的な近未来光景を生みだしている。

 「現実がSFのように」なんて発想や切り口は、それはすでに60年代に映画監督ジャン・リュック・ゴダールが「アルファヴィル」という映画で「現実の都市も既にSFのようなもの」と気取ったみたいなスノビズムから、ご存じ「ブレードランナー」の近代が終了したポストモダン的な憂鬱な未来都市といった表現など、いつだって先進国の都市の現実と言うものはテクノロジーと生活が密接になっているがゆえに二次的な俯瞰や見立てを行う中ででその発想はオーソドックスなものであり、また永遠のテーマとも言える。2000年代は写実化という大目標に向かって大移動していたなかでようやく次世代にてネクストレベルの未来都市の表現が表に出てきたという感じだ。

 またシングルプレイ・マルチプレイと言ったオンラインあるなしのゲームプレイの境界が融解した体験から、オンラインMMOという場や敷居というものをもう少し書き変えようというのが「The Division」に加えBungieの「Destiny」に感じることだ。

 さてHaloチームの新作「Destiny」だがchoke pointが訳した一連のインタビューなど読んでいくに一見それは典型的なオンラインMMOの形式に見えるのだが、こちらで「まず何よりも1人称シューターだと考えている。本能に訴えかけるような戦闘が満載の、最高のアクション・ゲームなんだ。我々はそこに、ソーシャルやカスタマイズ要素をふんだんに含んだ、生き生きとしたPersistent World(持続する世界)を付け加えたんだ。」と語るように通常のそれとは前提条件が異なるようなのだ。

 
 構造的にはシングルプレイの中で他にプレイヤーが関わってくるというくらいのものか?などと見えつつも、本当に重要なのは上のインタビューのようなトータルでの世界を感じらるFPSになる、ということで、「メイン・メニューが存在しない。その代わり、プレーヤーはゲームを起動した瞬間に、常に生き続ける世界へと放り込まれる」そこには基本的なシューターのメカニクスの上にオンライン・オープンワールド、そして常に変わり続ける世界という表現の一つにモバイルアプリ連動にて新クエストや友人の動向を逐一報告することなどのソーシャルも含まれるという、ここ10何年に編み出されたメカニクスの統一による徹底した没入を仕掛けようとしている。

 こうした試みは「The Division」もこちらのchoke-pointのインタビューによれば行うようだ。これははオープンワールドという大きな世界観の土台に、プレイヤーが参加するというそれで従来のMMOにあったようなゲームメカニクスとは意味が異なるようだし、またオフラインでリニアでストーリーとチャレンジを追うシングルプレイと別に、協力のCO-OP、オンラインでシングルと別ルールの競技で競って遊ぶマルチプレイといった区分けとも異なるようだ。

 つまり第二の未来光景とはこうした環境変化から感じる。シングル・オンラインという境界線が消失し、自由にプレイヤーそれぞれが参加しているという、昨今のSNS発達以後によるビデオゲームのソーシャル化、というのをゲームメカニクスに組み込んだ形と見える。そしてまたスマホ・タブレットと連動させることによるゲーム世界の観察・介入などどが加わることにより、様々な方法で自然に様々なプレイヤーが行きかう生きた世界というのを構築しようとするあたりからだ。

 以上のタイトルがコンセプトから実際の能力まで物凄いゲームデザインのギリギリの闘いを見せている中、確かにもう日本ではこれらの闘ってるポイントになんとか接触していこうとするのは「MGSV」しか見当たらない。本当に日本最後かも分からない。

 「ゲームって、テクノロジーに依存した媒体なんですよね。ゲームというカテゴリは、どんどん縦にも横にも広がっていきますけど、垂直方向の広がりっていうのは、階段をあがるようなものなので、ここでそれを止めてしまうと、おそらくもう二段ジャンプとかはできなくなると思うんです。」と発言した小島秀夫の本作はゲームプレイ映像を一見するだけでもう日本のタイトルではほぼ見られない、リアルタイムでのグラフィックからモーションの写実表現のきめ細やかさが印象深い。

 日本のゲームではどうしても写実表現化の技術までは進まず、結果デビルメイクライみたいな物理計算エンジンもモーションの変化といったものもない高速で攻撃アニメーションを繰り出す攻防といった絵を多く見るなかで海外デベロッパーと遜色ない、あるいは上回っている絵を見せている。

 そのグラフィック・モーションの上にオープンワールド化という、これは戦略の選択肢の幅の増加という意味でのそれだと見え「GTA」とか「スカイリム」みたいな意味のそれは期待していないが、砂煙が舞う天候を使って敵兵から隠れて進むといったシーンに見られるようなスニーキングの幅(だよね?この砂埃で車のとこ。間違ってるかも)にゲームメカニクスの面白味を感じる。

 そうした基本のメカニクスに加え、CO‐OPやタブレット端末との連携、ソーシャル要素などなど先のゲームたちも実装し、さらに世界観とも繋げる仕様にしているそれも予定されているとのことだが、このあたりもどれだけゲームメカニクスと世界観に合わせた形で新たな世界を作れるのかに期待したい。ほらやっぱこうテクノロジーのメタ切り取りってのも小島秀夫は早かったと思うし。(上手くいってるかはともかく)

 ただ本作でそれらの仕様以上に、特に興味深いのはアフリカへのアプローチだ。黒人の少年兵たちが銃を構えて戦車に座る。ダイヤを受け取る牢の奥の女性たちの顔。アメリカの黒人俳優らとは圧倒的に違う、精微に描かれた彼らの絵面はなかなかゲームで見られないそれだ。これは「ジョニー・マッドドッグ」からイメージを引用されているようにも思うが、フォトリアルを実践するために転がってる岩だろうと3Dキャプチャーを行っているとのことだがおそらく現地に住む彼らを起用しているのだと思う。

 オープンワールドでアフリカといったら「Far Cry 2」があり、実際これも民族対立の割りきれない現実に介入していくゲームで自由な戦略がとれるなどと「MGSV」のゲームメカニクスから舞台の一つとして先んじておりゲームで決して紛争に揺れるアフリカ自体がまったく描かれなかったわけではないのだが、「核」という大テーマってのが今の時節柄縮小しちゃって「Race(民族)」というテーマとその紛争に介入する(だろうと思われる)ストーリーラインに移行するのは現代の本道と言う気がする。

ともかく、グラフィックス・アニメーション・ゲームメカニクスに加え今この時点ならではをテーマとしたストーリーテリング、そしてタブレット連動・オープンワールドにてシングルマルチの境界が薄れるゲーム世界への参加といった未来の光景に真正面から立ち向かってるのが本作、と見え、正直苦手で興味が離れていたのだが「MGS3」以来年ぶりくらいに期待を持たせられた。

 このように次世代AAAタイトルが最高速で闘っているポイントはもうグラフィックの写実表現のレベルアップ、自由度や世界観を提示するメカニクス・オープンワールドというものの、さらにもうひとつ進んで現実のネットワークと情報インターフェース、SNSの普及・進歩と言うのがビデオゲーム構造をメタ的に見せることなどや、ゲームプレイであってもソーシャルの繋がりといった側面をもゲームプレイに繋ぐことと見え、まさに現行のテクノロジーの総合娯楽としようとすることで次世代ゲームの現代性は生まれていると言える。

 とまあ威勢よく書いてみたものの、これらの内どれだけ当初の壮大なコンセプトが製作の中で商品化していく過程の中で削ぎ落されるのだろうかとも思う。「トゥームレイダー」「バイオショックインフィニット」も事前のトレーラーやインタビューからの予想と期待と実際のゲームプレイは違ってたわけで、まあこれもまた次世代AAAタイトルの見方の一つか。特にここまで褒めたUBIが誇大宣伝で本番はズタズタという前の10年でやりまくったことをここでやったらやだな・・・

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