ワースト・シューティングゲームレビュー・”音楽と映像と遊戯のモード”ベース

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音楽と映像とゲームプレイの三角関係から俯瞰されるシューティングゲーム

 自分は世界格闘技ネタ「オウシュウ・ベイコク・ベース」と適当アニメ書き殴り「14ー21歳のセックスか戦争を知ったガキのモード」、そして本ブログと3つ異なるジャンルのレビューやってるが、気が付いたらこの中でエントリ書くのが最高難度になっていたのがこの「ゲームスコープサイズ」だったので少々放置してました。(「ガキのモード」が少し見ればわかるように、最低難度)なので書きかけの記事が2、3個あるが、ちょっと趣向を変えて簡単な記事を一つ。

 旧ソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインの活躍していた1920年代から、一個人によってMAD動画という形にてPVを作り動画サイトに投稿される現代まで、「映像と音楽のシンフォニー」というのは研究・実践され続けてきた。

 しかしその映像と音楽という蜜月に割り込む第三者として、観客による介入が現れる。その観点でビデオゲームの存在を見立てるという、「映像と音楽そしてゲームプレイの三角関係」というネタをずっとやりたかったのでそろそろ書いてみるかということで、まずはその三角関係がじつはかなり絡みあっているのはこのジャンルではないか?ということで最近iosで遊んだシューティングゲームを軽く振り返るというエントリ。

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 音楽と映像、そしてゲームプレイという三角関係が濃厚に醸成されたのは、それはこれまでに音楽と映像の関係を体系化しようとしてきたアカデミズムというよりも、徹底的な市場による競争にさらされ続けたアーケード界隈ではないか、と自分は一つの仮説を立てている。

 バンドやアーティストの良質なMTVやPVによる、短時間での瞬間的な映像と音楽のシンクロによる快楽が洗練されていったように、音楽と映像とゲームプレイという三角関係が密接になるホットスポットは短時間での快楽を提供する場であるアーケードゲームなのではないか。

 実際、スタートがコンソール出身やダウンロード出身であろうとも、およそワンプレイが5,6分で終わるようなタイプのもので音楽と映像とゲームプレイの一致が強いものの場合、濃厚なまでのアーケードゲーム感を感じることがある。

 そのアーケードゲーム中でもシューティングゲームの歴史は体系化されており、主にゲームメカニクスの変貌面で語られることは多かったと思うのだが、今回のテーマとしては「シューティングゲームが特にビデオゲームの音楽と映像とゲームプレイの三角関係を深くしたのではないか?」という仮説によって、すでに名を成しているシューティングゲームを少々見てみた。適当に遊んだ順なので時系列・体系はでたらめです。

「R-type」

 もはや説明不要、問答無用の伝統作品。だけど、音楽と映像とゲームプレイのシンクロという観点からすると、この作品リリース時点の80年代ではほとんど意識されてない。まるでパズルを解いていくかのように、ステージの解法というのが見えるスタイルといい、根本的に快楽に至るポイントが音楽と映像とゲームプレイの三角関係の調和には無い。

 音楽の使い方も映画におけるアンダースコア的なイメージが主で、そもそものヴィジュアルに関しても「エイリアン」の美術だったギーガーの影響を強く受けているし、大事なゲームメカニクスに関しても「溜めて撃つ」「オプションとしての補助を機体前後に付け替える」というように、直観的に音楽と映像にシンクロさせるそれじゃなく、(今からすれば)知略的な部分によっている。まだ何が出来るか可能性がわからないビデオゲームの中で、具体的な世界観というのを作っていきたい、そんな時代に見える。

 まだこの時代は音楽と映像とゲームプレイそれぞれを抽象化させたうえでシンクロさせる時代ではなく、先行の映画やSFのような構築された世界観を作り上げていくことを目指している気配がある。80ー90年代くらいまでが最も「ゲームが映画を目指す」ということ純粋に受け取れる気配ある。

 音楽と映像とゲームプレイの三角関係に注力し、抽象化が本格的になるのは「ゲームが映画にまで到達してみた。でもそこに何もなかった。何も気づいて無かった」ということに気付き始める90-2000年代以降な気もする。


「ゼビウス」

 80年代時点でも映像・音楽・ゲームプレイのシンクロする三角関係にはうすうす築いている人間は少なからずいたと思う。アスキーの「オトッキー」という作品などなど。

 この「ゼビウス」に限っては、完全なミニマルミュージックにショットの音、ボムの音がSEとして入る。そのことによって当時のテクノミュージックとの近似があるし、プレイヤー自身が操作してそれを行うことでなにか「戦闘機を操作して戦争を闘う」という世界観に没入する、という具体的なそれよりかは、ミニマリスティックな音楽と映像とゲームプレイがもたらす抽象的な関係の方がこちらは強い。

 細野晴臣がゼビウスを使った楽曲を製作したり、遡ればYMOでもコンピューターゲームという楽曲も存在するし、当時からテクノミュージック勢と繋がるポイントには世界観うんぬんよりもそのミニマリズムや、電子音によるSEといった点が重要だった。電子音楽やコンピューターグラフィックスという関係の蜜月というのもそこかしこにあったと思うが、その架け橋にビデオゲームが関係していたのではないか、と思わす。

「EDF」

 今やサンドロットのTPSの方を想起しちゃうけど、これも横スクロール。映像的には簡潔にしており、膨大な世界観やヴィジュアル中心ではない。こちらは「R-TYPE」的じゃなくて敵の出現パターンを記憶してスコアリング中心という形なんだけど、このゲームは自機はライフ制度で敵を撃てば打つほど武器のレベルが上がっていくという、JRPGみたいな蓄積面がメカニックとなってる。それは突き詰めれば「一撃受けたら即終了」「強化アイテム取得で即強化」という行間をゆるくしていると言えるんだけど。

 ほどほどの具体化したヴィジュアル&ゲームメカニクスの中で、サウンドは日本ビデオゲームミュージック裏番的な存在の多和田吏が担当。非常にわかりやすいメロディアスな楽曲が並ぶ。だが、ゲームプレイにて発生するSEと、そのサウンドは混ざり切りはしない。

「雷電」

 縦スクロール。この辺から高速の弾幕が貼られ、競技性を徹底して競うタイプ。この時点では音楽は非常にメロディが重視され、SEとの分離が激しい傾向にあったが・・・

「ライデンファイターズシリーズ」

 このシリーズ期に入ってから音楽と映像とゲームプレイの三角関係が急速に縮まる。数多くの機体による様々な攻撃パターンによる攻略だけでなく、パワーアップするにつれてまるでコンピューターグラフィックパターンぎりぎりのような映像が展開。

 そして唸ったのは、BGMの基調を本作発表当時のトレンドだっただろうハードテクノ調にしていることであり、そこでショット音やボムの音でさえ、曲のトラックのひとつとなって聴こえるようになっていることだ。曲構成をメロディではなくブレイクビーツ主流にすることでそうした効果が生まれているかに見える。

 今回iosでシューティングざっと振り返った中で最も音楽・映像・ゲームプレイの三角関係が過密。競技性面も申し分ない。ある意味では「ゼビウス」から時代が下った姿ともいえ、あの時点では80年代テクノ勢と関連しやすい形式だったが、テクノがそのミニマリズムとビートを追及して行った結果ハードコアになっていったように、「ゼビウス」がハードコアテクノになった結果がこの「ライデンファイターズ」シリーズと感じる。

 話が別になるけど、ハウスミュージックのトレンド変貌とアーケードゲームミュージックの傾向というを関連付けて80年代から現在までの歴史を振り返るって可能だろうか?ハウスで踊るにしろ、ゲームでプレイヤーがインタラクトして競技性を競うにしろ、客がリズムを理解して乗りやすい快楽が近いことは確かだ。まあこれは「ビートマニア」って大ネタがあって、そこからハウス≒ゲーセンってことで比較しやすそうだが。

「虫姫さま」

 ご存じケイブシューティング。弾除けのゲシュタルト崩壊。シューティングの快楽のラーメン二郎。

 膨大に振りまかれる弾はもはや万華鏡からサイケデリックの模様のパターンにさえ近似していくと言え、基礎的な「虫に乗ってお姫様が」というヴィジュアルの世界観をメカニックが飛び越えていっちゃう。

 でも、その過剰さに対してBGMのテクノ・フュージョンの90年代ストップ感は強くてあんま音楽・映像・ゲームプレイの三角関係を縮めるなんてことはケイブシューティングは意識してないと思う。競技性重視。

 もうケイブシューティングが台頭してくる時代には水口哲也「Rez」だとかもっとこの三角関係に自覚的なものが出つつあって、その後にタイトーが「スペースインベーダーインフィニティ」と完全に歴史編纂したその基礎フォームもそこに倣った上でデザインしてる感じ。

 シューティングのルールやメカニクスを練ることによる競技性、それをクリアしていく快楽というのがおそらくある時点より頭打ちとなり、シューティングが前進していくうえでの快楽のポイントが音楽と映像とゲームプレイをより押し出したデザインになった可能性か、すでに確定してる競技性をより過剰にしていくかの二極、というのをこのあたりの時期から感じる。

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 こんな感じで軽く難易度低めにして書いてみたつもりだったがなんか思ったより苦労したような気もしなくもない。というわけで「音楽と映像とゲームプレイ」という愛憎渦巻く三角関係に関してはもう少し気になるなということで・・・遊んだゲームは記憶が忘れても、皮膚感覚が覚えていましょう。でも培った音響と映像と遊戯のシンクロはそのままに、次の三角関係でお会いしましょう。

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10件のコメント

  1. > saboo さん
    「ガキのモード」の方でもコメントありがとうございます
    格闘技「オウシュウベイコクベース」のほうもコメント残すと
    EAbaseグランドスラム達成でございます
    そこに何があるのか?なにが生まれるのか?
    とりあえず最も古くやってる格闘技方面が
    みるみるうちにアクセス数が
    でたらめアニメネタの方ににぶち抜かれるその衝撃と悲しみ、
    おっと余談が過ぎましたね…

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  2. せっかくなのでグランドスラム達成してみました^^
    とはいえマジでプロレスはちんぷんかんぷんなので、すみません。
    映画ですらブルース・リーよりジェット・リーという映画歴でして(あらら

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  3. Tempset 2000この方面ではわりと先駆者でしょうか。でもスクロールシューティングじゃないよなあ・・・
    あとアーケード版B-WINGS・・・はちょっと違いますね

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  4. >Quaintさん
    ジェフ・ミンター作品はこのテーマの最大のものでは?と
    iosでいくつかのゲームをやったんですが、ちょっと違いました。
    でもXBOX LIVEでりりーすされてたSpace Giraffeはかなりその線いってましたね
    ミンター話はやりたいなあと思いながらお蔵の中です。

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