Watch Dogsファーストインプレッション エイデンとロールシャッハ

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エイデン・ピアースが実質的に都市システムを手にしているという、ある種凶悪な全能感を得ることになった理由が、自分の姪を死なせてしまったことによる復讐のためだなんて誰が信じることが出来るだろうか?

 現代のGTA型都市オープンワールドを、監視・情報化社会によって再解釈した「Watch Dogs」。しかし実際に遊んでみると、当然ながら事前の印象と異なることは多い。

 監視と情報化は社会のリスクを軽減し、効率よい運営を目指すためのものだ。「Watch Dogs」のシカゴは2003年に現実に起きた北アメリカ大停電の原因でハッカーによるコンピューターウィルス説を採用し、脅威への対策として街全体を監視することはもちろん、個人情報を収集しインフラまで管理するシステムctOSを構築している。 主人公エイデンはctOSのシステムをハッキングすることで利用している。自身の目的を達成するためにctOSのシステムに介入しながら、そのうちにctOSの裏側に迫るようになる。

 ポイントはここだ。ドラマとして全体主義的な管理システム(悪)に抵抗するレジスタンス(善)という構図自体はオーソドックスである。だが実際に10数時間ほどゲームプレイを行った結果、管理とそのシステムを利用する主人公エイデンという構図に注目が行く。そこにはどこか善悪や正邪、モラルとインモラルの関係の揺らぎが深く、そこにはアメリカンコミックの名作「Watchmen」の主人公・ロールシャッハとスーパーヒーローの善悪と少々重なるのだ。ということでウォッチ繋がりという安易なファーストインプレッション。


 全体の最大幸福を実現するために、脅威からの対処を行うとする。その目的を達成するために少々の打算が必要となる瞬間というのは出てくる。その打算のなかにはたとえ話で良く話題となる「1人が死ねば5人が助かるが、全員で生きようとすれば一人だけ生き残ることになる」というリスク選択の揺らぎが存在する。そこで善悪というものはリスクを最大まで減らすことか、それとも道徳的な観念の問題であるかという視点によって大きく揺らぐことになるわけだ。

 ctOSに象徴される現代の社会を運用していく際のリスクを軽減し、最大の効率を求めるなかでプライバシーにさえ踏み込む個人情報まで管理するシステムという背景をかすめ取るように利用するエイデン・ピアース。彼を実際に操作し、監視・管理システムを利用して犯罪を予期して阻止する行為を行う自警団のような行動を取り、XPをためてスキルポイントを集めているといささか倒錯するような感覚を覚える。

 

 
 当然のように街中の人々にハッキングし、銀行口座から預金を盗み、そして車を奪うなどを行いながら、街の人間のプライバシーを覗く。インフラの暴発を利用して他人を攻撃していく。でも自分には監視の目や管理による規律という縛りは、マルチプレイによる賞金提示という通報くらいしか存在していない。実際のゲームプレイの中で、全能感を発揮するビッグブラザーはctOSではなく、プレイヤーであるオレなのだ。

 ゲームプレイとシナリオの接触点の中でエイデンという人物がいかに糞であり異常な人間であるかをその隠微な全能感と共に薄々と感じさせられる。それはGTAでクロード・スピードからトレバーがわかりやすく街の人間を殺し警察と大立ち回りをする異常さとは別であり、当然これは監視・管理システムをめぐる対立構図の善悪やモラルの感覚の揺れが原因だ。

Watchmen_guidebook

 どうあれ、主人公というのは作品内の善悪やモラルの規範を端的に示すと言え、ctOSとエイデン・ピアースの構図での善悪の揺れはそのうちに「Watchmen」にて描かれたスーパーヒーローとロールシャッハの関係によって描かれた善悪やモラルの揺れを思い起こさせる。ビデオゲームと漫画とメディアの違いがあるじゃねえかという話だが、「Watch Dogs」にせよ「Watchmen」にせよ第一に共通するのは所属するジャンルに対してある種批評的な立ち位置を取ることからスタートしていることだ。GTAオープンワールドへの批評的な。スーパーヒーローへの批評的な。

 ことの善悪やモラルの揺らぎはそうした作品のコンセプトから発生していると見てもいい。「Watchmen」の世界ではスーパーヒーローによる自警活動が条約によって禁止されており、かつて活躍したヒーローたちは活動の停止を余儀なくされる。そんな中主人公であるトレンチコートにマスクを装着したロールシャッハはひとり条約を無視して自警団としての活動を続けている。

 スーパーヒーローの活動が制限される時代に、次々にかつてのスーパーヒーローが殺されたり、社会的に姿を消される事件が起こる。そのなかで様々な能力を持つスーパーヒーローが登場するのだが、皆条約が施行され規制された社会の中で上手くやるか、ポジションを得るかして暮らしている。その中でロールシャッハは社会的地位なんて何もない無職の中年であり、素顔を晒しているときは活動家としてプラカードを上げ歩くなんていう最悪の糞だ。

 ヒーローたちは社会的な立場の中で生き、社会の規定した善悪の規範を受け入れているし、すでに善悪の判断に関しても恐ろしく打算的な判断を取る精神になっているのだ。そう、「1人が死ねば5人が助かるが、全員で生きようとすれば一人だけ生き残ることになる」問いがあるなら迷わず1人が死ぬ選択を選ぶ。その方が全体での幸福が大きいから。だがしかし主人公ロールシャッハはそこにある欺瞞に対し、決して妥協せずに自らの善悪を完遂しようとする。

 主なライターであるアラン・ムーアはスーパーヒーローの世界に社会的なリスク面での善悪の視点(それは”リアルな世界観”だなんて形容されるだろうか)を持ち込むことによって、「Watchmen」は進行する現実に対して善悪やモラルが凄絶に揺らがせるのだ。その中で社会的なリスクを元にした打算的な善への選択にNOを突きつけるロールシャッハの異常な情念による行動は印象深く残る。

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 エイデンとロールシャッハ、それはコートにマスク、キャップという身なりから自警団となり自らの意志を完遂させるという行動などなど似通う他に、作品内で根本的な対立となっている社会的なリスク回避のためのシステムや選択の欺瞞と対立する主人公、という立場上のレベルで重なる。違いはロールシャッハはどうしても無能であるが、エイデンは全能感を発揮しているという点だ。しかしその全能のゲームプレイの中で監視や管理システムというリスク排除や効率に対しての善悪やモラルを巡る(ctOSもエイデン本人も含めての)欺瞞を痛感させられることになる。

 現在ACT2入ったところ(町の人間のピーピングや残された音声ログ集めばっかりやっててこのスピード)だが、おおよその結末まで「Watchmen」と似るのかどうかは定かではない。 ということで次回はオープンワールドとゲーム内容の関係みたいなわかりやすいセカンドインプレッション編へと続く……
  

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6件のコメント

  1. 初めまして、いつも興味深くブログを拝見しています。
    ところでウォッチドックスについてはアメリカのドラマで現在も放映中の「パーソン・オブ・インタレスト」
    に強い影響を受けているように思えます。
    「パーソン」は元CIAの特殊工作員の主人公が大富豪の天才エンジニアと手を組んで、ニューヨークに極秘に張り巡らされた政府の監視AIにハッキングし、町で起こる様々な犯罪を未然に防ぐために闘う。といったストーリーですが、ウォッチドックスを見たときには明らかにそっくりでびっくりしました。
    監視社会やテロ、善悪を問いかけるストーリーなど、ウォッチドックスと類似する点も多く、ぜひそのあたりのご意見もお聞きしたいです。

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  2. >ナイトさん
    おお「パーソン・オブ・インタレスト」一話拝見しましたよ!ありがとうございます
    クリスファー・ノーランの作品にも関わってるノーランのお兄さんが企画・脚本なんですね
    2011年リリースで9・11テロ後に強まった監視システム体制をモデルにしてるんですね。
    ダブるのは監視システムテーマがここまでデカくなってるシンクロニシティ、と見て
    監視と管理の問題を掘り下げるに功利性に対する倫理の問題というのには
    嫌でもぶつかるのでは、と「パーソン~」の1話~あらすじの範囲で思いました。
    シーズンが進むにつれてどのような展開や解釈を取るのでしょうか?そこは気になりますね
    正確な比較はできませんが、
    元CIAの主人公とほとんど身寄りのわからない中年エイデンを
    比較するに立場上社会性や善悪・モラル配分は異なると見え、
    都市インフラまでもctOSエイデンのほうがずっと全能感の問題あってヤバい、
    という感じ…すみません 「パーソン~」概略までしか知れてないので、こんな感想です

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  3. ジョナサン・ノーランは確かクリス・ノーランの年下の弟さんだったかと…
    すみません、ノーラン教徒的に見過ごせなくて。
    彼はダークナイト・リターンズやウォッチメンの影響を受けたと思われる作風(DKRは兄のプレゼント)やメメントのアドベンチャーゲーム的視聴体験なんかもあって惹かれてます

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  4. >重箱さん
    ミス申し訳ない…
    ノーランやザック・スナイダーがウォッチメンやダークナイトリターンズのような
    モダンエイジのアメリカンコミックにシンパシーがあるというのはわかる気します

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