ガキの頃のトラウマゲーム「ヘルキャブ(Hellcab)」

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 年を食っていくとそれなりに培われた知識や文脈、体系を元にして新しいものを判断するようになっていくので、「まったくなんだかわからない、未知の恐怖」というトラウマ感を覚えることも少なくなっていく。

 ビデオゲームのトラウマ感を覚えるのはやはりガキの頃ならではのものだ。オレがまさにガキの頃、そうしたトラウマを覚えたものはコンソールゲームでいくつかあるけれど、中でも「まったくの未知」に触れる恍惚と恐怖が凝縮されていたのが、とあるPCゲームだった。


 あれは小学生ごろだったか、いよいよパソコン通信でいろいろできるとかニューメディアであるインターネット出来るなどなどの新しさを振りまいていた時期であり、その流行りに乗せられる形で家族の元にパソコンが導入されるようになった。

 

 やっぱり新しいものはそれなりにいじり倒したりするんだが、小学生であるオレは「マインスイーパー」「ソリティア」くらいしかできなかった。バザールでござーるだとかをインストールしていく一環で、家族の方がいろいろやってみるかってなったんだったかな、PC雑誌(当然全年齢のものだよ)の付録にあるゲームの体験版なんかを導入したりしていた覚えがある。

 体験版でうかがい知れる日本製のものは、当時ガキのオレの感覚でも特に違和感はなかった。しかし、その後に購入されたゲームの中でカービィマリオファイファンみたいな感覚から完全に離れきっていたものが一本あった。それが、バンダイビジュアルが日本版に販売した「ヘルキャブ」という海外ADVだった。

 まったく文脈も何もわからないままに触れるそれは、つけっぱなしのテレビで放映された強烈な映画やドラマを目にして「あの恐ろしいシーンはわかるんだけど、タイトルのわからないあれはなんだったんだろう」というトラウマ映像体験なんかに近しいものがある。ともかく「実写映像」「ボイス付き」「主観画面」「現実のニューヨークが舞台」「ポイント&クリック」などなど完全にコンソール任天堂基準からすれば逸脱していた。

 

 しかしその形式に戸惑う程度ならまだいい。心に暗に楔を打ち込んでいったのはその世界観や空気だ。

 冒頭ニューヨークの街が映る。「あなたは飛行機を逃してしまい、時間をつぶすことになった」というナレーションが入る。まだ制作時は日本の景気もギリギリよかったころなのか、富士フィルムが大写しになっていたり、街頭テレビのモニターはソニーだったりする。そうした有名で何気ないはずの風景が、ヴァンゲリス的な不穏なBGMと共に空が赤く染まり、悪魔のロゴが街頭テレビに浮かび上がる。

 飛行機を逃し途方に暮れる”あなた”の目の前に現れるのはラウールと名乗るタクシー運転手だった。「時間つぶしにニューヨーク観光ツアーをやってやるよ」というのだが、その脇にあるメーターがおかしい。金じゃない。ツアーの中で金じゃない何かをこちらからかすめ取ろうとしているようなのだ。

 一体何を?ツアーの前に奇妙なアンケートを取らされる。「避妊に関してどう思うか?」「銃規制に関してどう考えているか?」「ホームレスにどう感じているか?」…読み進めるうちにどうやらこれは悪魔の契約でこちらの魂をかすめ取ろうとしていることが発覚していき、ラウールはこちらの魂がどれほどなのか見定めようとしているのだ。親切に寄ってきた奴には裏がある!

 ツアー先はまさにこちらの命に関わる場所ばかりだ。時代と場所を変え、なんとローマのコロッセオで今まさに殺し合いが行われている中や、大戦時の只中に投じられたりと間違いなく殺しにかかってくる時代へと投入されるのだ。

 
 ここで謎のタイミングのアクションを要求される場面も多くてミスで一回死んでしまったりするのだが、復活する場所が最悪だ…ラウールには最初にエンパイアステートビルへと連れられるのだが、なんとエレベーターの地下は地獄。各時代でミスをするたびに、地獄に送られ魂を削るのである。ラウールが最初に渡したツアーに契約のサインをした手前、魂が全て削られる前に生きてツアーを脱しなければならないのだ。

 地獄や悪魔という単純極まるメタファーながら、それは極めて現実的で、華やかな都市の裏にある気配、腐敗や残虐さというそれが90年代初頭ADV特有の独特な表現とも相まって濃厚に張り付いているかのようだ。そうビデオゲームのリアリティレベルがカービィかスクウェアかが限度だった当時に、華やかなニューヨークはその実、暗黒で陰鬱に満ちており、近づく人間は信用ならないしエンパイアステートビルの地下は地獄でありビルの屋上のさらにその上は天国に繋がってる(ここ記憶違いかも)。どうあれ街を代表するモニュメントが死に直結したイメージであるというそれさえ含め、ガキの頃にそれは歪に記憶に打ち込まれた。

 そうしたアメリカの都市を舞台にした無情や残酷の気配は「GTAⅢ」「GTAⅣ」で思い起こされるものだった。なにかタクシーのサブミッションをやりながらロバートデニーロの映画のそれではなく、なにか過去にこうした感覚があったとずっと思っていたんだが、それはたぶんこのゲームの原体験だ。

 こうしてコンソールと並行してPCゲームはもっと家に来るのかなと思われたが、新品のPCをいじくるターンはそこで終わってしまい、やがてPCの使用は家族に競馬に使われることに収束していくなど極めて限定的になり、オレは「マインスイーパー」に収束していくようになったのだった…

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4件のコメント

  1. こりゃ、キレッキレなゲームですねー
    子どもの頃観たモノって後の嗜好に影響しますよね
    俺だったらドラマだけど「沙粧妙子-最後の事件-」ってのに家族全員でハマってました
    90年代、猟奇性に加えてオカルトの説得力があった時代に感じます
    リング・らせんといったホラー映画もオカルトを信じれちゃう空気が当時はあった
    俺はプレイしてなかったけど女神転生とかもオカルトを信じれる時代だったから受け入れられたのもあるんじゃないかな、なんて思ったり
    ゲームだったらシルバー事件ですね。めちゃくちゃカッコよかった

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  2. >sabooさん
    そして子供のころのトラウマゲームトラウマ映画も
    体系化して知識の付いた中で振り返りなおすと
    そこまで大したものではなかったり・・・もまた
    ちょっとした真実でして。
    英語で調べ物をしてた際に
    本作のレビューを発見、評価はいまいちだったりしました…
    90年代はトラウマシックなものが
    本当にそこかしこに溢れてる時代でしたね

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  3. >ネームレスさん
    90年代初頭の海外ADVって、精微なドットの他
    3DCGモデリングから実写まで搭載するから奇怪なパワーあるんですよ

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