高い塔の彼方 灯台の光

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 ビデオゲームを粗雑に遊んでいると、ジャンルに関わらず頻繁に登場するモチーフがある。そのモチーフはとても象徴的で、こうも頻繁に登場するのにはただの偶然ではなく、もしかしたらゲームメカニクスやデザインの上での理由があってのものかもしれない。

 そうそれは塔そして灯台だ。ビデオゲームを遊んでいれば気が付けばプレイヤーは地平線の向こうにある塔を見上げること、塔をかけあがることも少なくないだろう。プレイヤーの目の前に現れる塔は見方によってはまるでゲームマスター、あるいは作品世界のシステムや制度の象徴みたいだ。


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 塔の存在は子供のころからのビデオゲーム体験から続く。有名なところでは「ファイナルファンタジー3」のクリスタルタワー。あれは確か最初の浮遊大陸を飛空艇で飛び出し、水没した世界の中でただ一つ海上から不気味に顔を出す。作品の中盤以降から鮮やかに不気味に世界に君臨し続け、そこが旅の最終的な目的地であることを分からせる。

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 それからシリーズの3つさき「ファイナルファンタジー6」でも塔は最後に不気味な存在感を出すモチーフとして2度登場する。そう世界を崩壊させたケフカが居城とする瓦礫の塔と、ケフカを信奉する狂信者の塔である。

 今考えても「6」は歪でいい。世界を崩壊させる以前では帝国が支配し、蒸気機関であるとか魔導のマシンであるとかが蠢くスチームパンクの世界であり、ピクセル時代のFFの中では近代社会に近い世界観だった。この後のPS「7」以降にさらにムービーやキャラクターの比重、世界観のディテールを強めることでファンタジーというジャンルとピクセルアートの持っていた象徴性が薄れていく直前である。

  ところが中盤に世界は破壊されポストアポカリプスに。破滅の中で神でありラスボスが世界を見下ろすように塔を構えるという構図になり、強制的に近代社会みたいな手触りの構図がぶっ潰され象徴的な世界観に一気に引き戻すのだ。(話をもっと続けると前半の進行は完全にリニアでドラマチックな出来であるのに対し、世界崩壊の後半は完全にプレイヤーに進行を委ねた極めて自由な構成という対照も無関係じゃない)

 しかしこのころのスクウェアはRPGのゲームメカニクスの上に叙事詩的な意匠を施すことが最良に働いていて、おそらくこの象徴的な強さも自覚せずにほとんど時代の偶然で出来上がってる。(ドラクエにも塔がでてくるけど、それが完全にプレイヤーとゲームの構図まで全部象徴するような立場のものは無かった気がする。DQ1で開始から見える竜王の城ってのが最も塔みたいな立ち位置に近いけど違う。ドラクエで象徴的な建造物とは城かも) おそらく現在の中軽量級の少数製作のゲームが後天的に研究し、自覚的に取り戻そうとしているそれのように見える。

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 塔、それは「プレイヤーが一階ずつ難題をクリアして上に上がっていく」というレベルアップというかゲームの進行やスコアが明白だから多々使われるのかもしれない。わかりやすいクラシックではやはりそのまま「ドルアーガの塔」。この作品をはじめある種のダンジョンを踏破していくタイプの構成のゲームでは、99Fまで上がるみたいな舞台の最もリアリティあるところだろう。

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 塔というモチーフがすぐさまに目的地を示し、同時にプレイヤーの進行を示すデザインに使えるというなら同じくスクウェアのタイトルにそのままこのワードが含まれている「魔界塔士Sa・Ga」では塔の存在はより意味深い。塔を上がることのゲーム進行のわかりやすさに加え、作品全体を貫く塔の象徴性も加わる。

 塔こそがある意味ゲームマスターの存在を象徴しているみたいなオレの仮説に乗っ取ると本作は凄まじい。神が実は支配しておりラスボスに君臨していているというのもそのままですごいが、マジでラストバトル前の会話では完全にゲームマスターがプレイヤーに楽屋オチをするというそれだ。

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 90年代のPS・SS期にはやがて塔は時代の狂気も反映したような造形のものも少なくなく現れた。「バロック」では神経塔と呼ばれる狂気の建造物の中で、ローグライクで構成されたダンジョンを上りながら謎を解き物語を進めていく。塔を上るというデザインの問題と塔に象徴される意味の問題の二つを併せ持った日本の90年代の解の一つみたいに感じる。

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 高い塔を見上げるのは日本の作品だけにとどまらない。「half-life2」ではシティ17にそびえ立つシタデルが序盤から街の向こうへそびえ立つ。「half-life2」は今思い返してもあまり多くを語らないがゆえに(そして機能的なゲームメカニクスに立脚した作りのために)異様に象徴的なモチーフだらけになっている印象はある。電車であるとか地下であるとか…。

 勝手な印象だけど、「half-life」シリーズはMODを作りやすいゲームエンジンだったということで、「Counter-Strikeであるとか「Team Fortress 」など競技的なマルチプレイヤーのFPSを生む土壌になった一方で「half-life」シリーズが持っている異様な象徴性というか、気配というかを拡張したかのようなMODが登場し、後にスタンドアロン版がリリースされていくことで少数製作のダウンロード界隈での影響を及ぼした印象がある。「Dear Ester」「The stanley prable」などなど。

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 小説を原作とした「METRO2033」ではゲームならではの深い象徴として、やはり最後には塔の頂上で謎の存在である「黒き者」との相対を果たす。小説では「黒き者」との相対は確か別のところだったと思う中で(まちがってたらごめん ここの文章ぜんぶチャラです)、ゲーム版ならではの深い象徴として塔の頂上にて真相へと到達していく。小説というジャンルの果たす作品世界の真相への運び方と、ゲーム(リニアタイプのFPS)というジャンルが果たす真相への運び方の差が、主人公アルチョムの最後に現れる。

 自分の観てきた中でここまでを描いているが(まあ見ての通り海外作品の登場が2000年以降のものばかりだし、ずっと過去にもきっとある)、ある意味ではビデオゲームの記憶喪失のギミックぐらいにプレイヤーとゲームとの関係や進行・目的を明白にする作用があるために塔や灯台はモチーフとして頻発するのかもしれない。

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 そして記憶喪失(混乱)と塔の存在の狂気なら「spec ops:the line」だろう。小説ではコンラッドの「闇の奥」、映画ではコッポラの「地獄の黙示録」とほぼ同一の原作を持つ中でそこにある狂気の描写や方法は異なるのだが、「spec ops:the line」ではドバイの蜃気楼のような街並みの向こうにそびえる塔が主人公ウォーカーの精神の奥底にまで暗示や影響を与えようとする描写が挿入される。

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 記憶喪失と塔というプレイヤーとゲームの関係を詰めたうえで登場しただろう題材の二つを揃えた最大のどころでは「bioshock」シリーズがそうだろう。飛行機事故で海に落下し、嵐の中で心もとない時に目にする灯台の光。当然のようにそこへ進まざるを得ないようにしているだろう。やがて海中の世界の中で記憶を巡るやり取りへと変貌していく。

 リニアさや語りの饒舌さが増した「bioshock infinite」ではややもすればこうしたゲームデザインやメカニクスの都合を解消する部分で偶発的に生まれている塔の象徴性というのは薄れているかもしれないが、どうあれクライマックスは良くも悪くも圧巻の展開だ。

 塔や灯台はこんなふうにゲームメカニクスやプレイヤーを導くゲームデザインの構図と、その上に搭載される世界観やリニアな物語の流れといった相容れない摩擦の中で立ち上がるかのようだ。そこにはおそらく作り手も意識していないだろう暗示や象徴が刻まれ続けている。

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6件のコメント

  1. まぁまぁこんなにもポンポンおったてちゃって////
    邪推になっちゃうけど海外製ゲームの塔はみんな男根のメタファーに感じちゃうわ
    現実の世界の塔って灯台か電波の中継にしか使われないじゃない?(エンパイアステートはビルよ!!)
    ということは人が中に入れるスペースもほとんど無いわけよ
    それって不思議だわ!ゲームではいったいどのような意味をこめてレベルデザインしてるのかしら?
     
    バビルの塔みたいに人間の愚かさを象徴しているのかしら?
    でもそれって意味の無い塔をマップにおったててそういう雰囲気を出したいだけって演出でしょ?
    それこそ神(デザイナー)の愚かさを象徴してるわ。

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  2. >タローさん
    ぬおなぜオネエ文体ですか 笑!?
    いきり立ったチンポのメタファーでは~とか
    ギリギリまで書きそうになってこらえてましたよ
    あっ!ここのコメント欄で書いてるからもう意味なしか!
    どうなんすかね 意味が無いってんじゃなく、
    単純に塔というモチーフは
    プレイヤーがまず最終的な目的地として一目でわかりやすいからとか
    塔を上ると言うこと自体がプレイヤーのスコアやレベルを一目でわかりやすくするからとか
    そういう意味が発生させやすいから使われやすいのではという説で、
    しかしそうして出来上がったものはそれはそれで雰囲気以上の
    意味が生まれてんじゃねーのという感じです

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  3. これは結構おもしろい題材ですよね
    明確なメタファーよりは現実の塔そのものがもつ神秘性というか謎性みたいなのがゲームシステム以外の要素として最初からあったように想像します
    城やビルと違って人の住めない塔は
    近代の電波塔を除けば灯台やお墓といった宗教的用途の塔って一見して何のための存在かわかりにくいのが、あのてっぺんには何かがあるんじゃないか、みたいなゴールとして最適だったんじゃないかと。
    そのうえでゲームと長年深く結びついたのは、てっぺんにあるのがピーチ姫のようなご褒美とはかぎらないからじゃないかななんて
    塔のてっぺんにはGOODENDにしとBADENDにしろ「何も無かった」という展開にしろ、真実があるということが
    謎→真実という流れで記憶喪失ネタのようにゲームと長い付き合いをしている理由な予感がします

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  4. >sabooさん
    わかりやすいとこでは象徴や暗示をそのまま占いに使う
    タロットでも塔は出てきますし、
    ブリューゲルの有名な絵画「バベルの塔」なんかもおなじみですね。
    西洋ネタでは(東洋の場合はどうかな・・・知らないだけかもな)
    昔から象徴的なものとして扱っているケースは多々あります。
    旧スクウェアなんかは叙事詩的な部分を含めようとする中で
    たくさん塔を使ったのかもしれません。

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  5. Half-Life2のビジュアルイメージは確かに強烈ですよね
    寂れた町並、干上がった運河や海、点在する廃墟に崩れかけたハイウェイ
    それらのうらぶれた風景だけでも十分に魅力的なんだけれども、更にそこへ歪に接ぎ木されたコンバインの建築やら兵器やらが強烈なインパクトを与えてくれます
    そういう意味ではシタデルはその極め付けのようなところがある気もします
    なんなんでしょうね
    デザイナーのvictor antonov(Dishnoredのアートワークも大変魅力的です)の力も大きいけれど、source engineの妙に写実的で無機質で乾いたような質感や、あのずっと曇り空みたいな空気感の功績も大きいように思います
    Portalでも似たようなことを感じました
    特にglados直前の、見捨てられた研究所の描写が実に雰囲気が出ていて、あの風景を楽しむためだけにひとつセーブデータを作ってある程ですw
    source engineは何を描いてもどこか寂れて無機質になってしまうような気がします
    Half-Life2の風景は、優れたアートワークとsource engineの雰囲気の組み合わせによって、単なる書き割り以上の存在感というか深みのようなものを獲得してしまっているのかもしれない
    あの雰囲気は技術的な優劣を抜きにして頭一つ抜けているというか、なんというか情緒があるんですよね
    今見ても全然古びていない
    優れた映画作品のようにひとつの一貫したイメージを提示している…というのは言い過ぎかもしれませんがw

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