デヴィッド・ボウイの90年代と、もうひとりのデヴィッドの「Omikron: the nomad soul」

 

デヴィッド・ボウイが今年の1月、69歳の誕生日を迎えるとともに、新作「★」をリリースした2日後に亡くなった。最先端のジャズミュージシャンをフィーチャーした遺作には、全編に渡り死の気配が敷き詰められており、生涯に渡り”架空のロックスターのキャラクターを作り上げ演じる”こと、”本当にポップスターになってしまう”ことや”やがて自身を晒すようにしていく”など多様な自己演出を続けた人間ならではの、終わりを悟ったパフォーマンスで埋められている。それは「Lazarus」のPVを観ればわかるだろう。目前に迫った死と、それすらも一つのパフォーマンスに演出しようともがく姿がそのまま映されている。

それから様々な形で追悼の言葉が残された。レディー・ガガはグラミー賞でジギー・スターダストの衣装を着込み、70年代のグラム期から80年代のポップスター期の楽曲を歌った。ベックとフー・ファイターズのデイヴ・グロールらは「世界を売った男」のパフォーマンスを行った。それはボウイのみならず、MTVアンプラグド・ライブでのニルヴァーナのカート・コバーンへのトリビュートでもあった。

音楽のみならず、俳優としての評価も大島渚の「戦場のメリークリスマス」(奇しくも主演の坂本龍一もビートたけしも、ボウイ同様に各時代で変貌を続ける人たちだ)はもちろん、「バスキア」で敬愛していたというポップアーティストのアンディ・ウォーホルを演じていたことだって印象深い。

しかしオレにとっては、鮮烈なグラムロックやベルリン時代の70年代とポップスターとして広まった80年代でもなく、90年代以降のボウイに最も思い入れがある。その中でも特に異色な経歴の一つに、「ヘビーレイン」で名高いデベロッパーのクアンティック・ドリームと組み、ビデオゲーム制作に関わった作品「Omikron the nomad soul」がある。1999年のアルバム「アワーズ…」にて”もともとゲームのサントラだった”という背景として知られていると思われる本作は、おそらく日本でのハードコアなボウイのファンでもほとんどその内容は触れていない。

ところがこのゲームは単なる著名人起用に留まらず、意外なくらいデヴィッド・ボウイの特色に重なる作品でもあると思う。90年代以降のデヴィッド・ボウイを振り返りつつ、なにかの間違いでゲームにそんなに詳しくはないボウイファンに読まれたときにも伝わるよう、異色のアクションアドベンチャーとして名高い本作について触れてみよう。


デヴィッド・ボウイは80年代に「レッツ・ダンス」のヒットや俳優業を行うことから、これまでロックスターやポップスターの批評やパロディのようなことをやっていたのに、本当にあの時代らしいポップ・スターになった。だが極端な変わり身の代償なのか、その後のアルバムで評価を落とし、自分を見失う。ソロとしての活動に限界を感じたのか「ティン・マシーン」を結成するも抜け切れず、低迷する中90年代にて再びソロに戻る。

そこからのボウイは過去のような架空のキャラクターを作り演じたり、またポップスターとして振る舞うことを辞め、比較的自身のパーソナルに近い状態を保ったスタンスになっていく。でもそれは、現実に対応し、前進していこうとする一方で70年代の栄光の日々と常に比較され、過去が残像のように追いかけてくることに対峙する形だ。それは2003年のCMや2013年のPV「Stars」によく現れている。(そう言えばアニメ版放映中の「ジョジョの奇妙な冒険」第4部でボウイをモデルにしてる吉良吉影の”狂気の殺人鬼だがエレガントな一般人として振る舞う。しかし後に別人にチェンジし、一般市民のようであろうとするも過去に追いかけられる”というキャラクターは、いま考えたらそのまま90年代以降のボウイ的なのでした)


90年代のボウイは往年のジギーやシン・ホワイトデュークといったキャラクターを演じたりはせず、またはポップスターとして振る舞うことでもなく、自作の演出家のような立ち位置で作品に向かっているかのようだ。まあそれはグラム期からそうでもあるんだけど、主演は降りていて演出が主で、時に自分も出演するというというタイプの映画監督や劇作家の印象に近い。

実際、90年代のボウイのスタートはという作品は公式のソロからではなく、ハニフ・クレイシの書いた小説を原作とするイギリスのテレビドラマ「郊外のブッダ」のBGMを担当するという形からだった。後に製作された楽曲は本編のドラマでは使われず、自分のソロ作品としてアレンジしなおしたものがリリースされる。混迷するなかで「ソングライティングの自信を取り戻した」とも本人が語った作品だという。

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本格的なソロ復帰作「ブラックタイ・ホワイトノイズ」はジャズ・ファンクを基調に多彩な音楽の要素が複合しているにも関わらず、極めてフラットな手触りの作品だ。

この作品はプライベートでの大きな変化が反映されていて、冒頭と終わりが”ザ・ウェディング・ソング”なんてナオミ・キャンベルまでもが憧れたスーパーモデルと言うイマン・アヴドゥルマジドとの結婚をそのまま曲にしている。「その時のそのままの気分をアルバムにしている」との評価があるが、逆に言えば80年代後期での突如バンドを組んだりの混乱は、今にして思えばあれは40代を超えたボウイのミッドライフ・クライシスだったのかもしれないね、ということに気付く。それが払拭される契機に結婚があったように見えてなんだかロマンチックな気がしないでもないのだが、ここより本格的に90年代のボウイならではの仕事が加速する。

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90年代の最高傑作と思われるのが95年の「アウトサイド」だ。70年代のベルリン時代に「ロウ」「ヒーローズ」「ロジャー」といった、俗に言うベルリン三部作のプロデューサーを行っていたブライアン・イーノと再び手を組んだ本作は、デヴィッド・リンチ的な世界観による猟奇殺人事件をシナリオに置いたドラマ仕立てのアルバムである。ジャケットのアートワークは全てボウイ自身が担当し、油彩と当時のPCの画像処理を駆使して作り上げたサイコなコラージュ(ほんとあの当時らしい、エフェクトバリバリなのがこっ恥ずかしいくらい)が印象深い。

ミュージシャンに役柄を与えて演奏をさせるという演出も含め、破滅の世紀末の気分を全編に渡って演出している。収録曲は映画「セブン」「ロスト・ハイウェイ」とこれもまた90年代のアメリカ映画のテーマソングにも使用されていたほかに、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーともツアーで絡んでいたなども含め、最も時代に対応しようとした作品だと思う。ここにこの時代のボウイならではの演出的な手腕が発揮されたのではないかと思うのだった。(オレもだいぶ前に「watch_dogs」でちょっとしたMVもどきを弄ってるときに本作の収録曲「The Voyeur of Utter Destruction」を使ったりしていたのでした)

97年のドラムンベースとジャングルを取り入れた「アースリング」を経て、99年には本題の「Omikron :the nomad soul」に楽曲製作と声優として関わる。さてここでもう一人のデヴィッドについても書いとくべきだろう。そう「Omikron」を制作したのは、「ヘビーレイン」でおなじみのフランスのクアンティック・ドリームのトップであるデヴィッド・ケージだ。

デヴィッド・ケージの野心

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クアンティック・ドリーム、そしてデヴィッド・ケージ監督がどうあれ野心的である…というのは「ヘビーレイン」などをプレイしたり、インタビューを見れはよく伝わることなのだが、デビュー作である本作はもう半端じゃなく野心的な作品だった。まず初めにこの作品がオープンワールドを採用していることからもその野心と言うのは伝わるかもしれない。少し振り返ってみよう。

1999年当時、オープンワールドは定義される前段階で、完成系の見えていないメカニクスだった。タイトルも「シェンムー」をはじめ、多数存在していた時期なのだと思う。「Omikron」もその一つで架空世界の街並みをフリーロームで歩けることをベースに、シーンによって対戦格闘ゲームやFPSが混ざりこんでいくという奇怪な構成だ。そのコンセプトや構成は「シェンムー」とほぼ同じと言っていい。野心とその結果まで含めて鈴木裕とデヴィッド・ケージは同じと言っていいかもしれない。

そしてその野心は当時の全く新しいメカニクスだけに留まらず、ビデオゲームと関わるプレイヤーの関係にまでアプローチを行うのである。

プレイヤーの魂がゲーム世界に宿り、ゲームとプレイヤーの関係を問いかける

 

さてビデオゲームでプレイヤーはゲームの作品世界の中で、クラウドなりネイサン・ドレイクなりの第三者のキャラクターをプレイヤーキャラクターとして操作するということを当たり前に行っている。それらはプレイヤーが操作できるゲームプレイとは別の、自分の意志とは違うセリフや行動をシナリオの中で取る。それに違和感があるという言説も少なくないだろう。よくあるゲームプレイとストーリーの分離の話で、現実でコントローラーで操作して関わることと作品世界のズレという話なんだけど、そこに「Omikron」はアプローチをしている。

冒頭から別の次元から来た男がプレイヤーであるあなたに救いを求める

そう「Omikron」でのプレイヤーとは現実世界からゲームを通じて作品世界にやった来た魂が、様々な人間に取り付きながら物語を進めるという形となっているのだ。プレイヤーとは別の次元から来た魂であり、それが別の世界の第三者であるクラウドに取り付き、ネイサン・ドレイクに取り付いてきたという解釈をとっているのである。

尋常でない野心で固められたカオスだ…まだ完成系が見えていないオープンワールドを採用するのみならず、プレイヤーの存在をそんな風に見立てた上で、デヴィッド・ボウイを起用しているのだから。

そして結果的に2000年代以降のボウイの自己言及に繋がる内容

デヴィッド・ケージのこうしたゲームとプレイヤーの関係性を問う野心的なアプローチは、カオスのようでありながらもボウイの意外な部分にも繋がるかのように思えた。

そうそれはかつてのボウイがジギー・スターダストというペルソナからロックスターと観客の関係性を批評的に演じた方法に近い。ロックスターが輝ける期間を、地球の終わるまでに残された期間として歌った「僕たちには5年間しかないんだ」という開幕からロックンロールの自殺者という、60年代のロックミュージシャンに見られた刹那的な生き様をそのままメタに演じたのだ。

ボウイは作中で最重要人物を演じると言うだけではなく、往年の70年代のように架空のロックバンドによるライブを「omikron」の中で演じて見せる。作中のライブハウスにて「The Dreamers」というバンド名で、ボウイはローポリゴンのボーカルを演じる。そこではここでのライブのムービーは、ボウイの作り上げる世界がいつも人造的でフラットであるがゆえに3DCGにハマるのもあるのか、不気味に美しい。そしてそれは、往年のボウイが架空のロックスターやロックバンドを作り、演じていたということの変形のようでもある。

ティン・マシーン時代からのリーヴス・ガブレルズとともに作り上げたBGMは、特にオープンワールドの都市の陰鬱な印象をアンビエントで彩っていることが大きい。これはかつてボウイのベルリン時代、アンビエントミュージックのパイオニアであるブライアン・イーノと共作した「Low」のB面や「Heroes」のインストゥルメンタルの質感に近い。まだ東西が分かれていた時代のドイツの空気を反映したとも言われるあれらの楽曲が、ビデオゲームでの架空の都市の雰囲気を作り上げるのに一役買っているかのようだ。

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こうして制作された楽曲から「アワーズ…」になったのだが、「omikron」が様々な意味で往年のボウイを想起させる部分が多かったのもあるのか、ボウイが若かりし時代の自分に抱かれるというジャケットはとても象徴的だ。

2000年を超えてからのボウイが、老いや過去についての楽曲を制作していくことが多くなっていく。1999年に発売された「omikron」と「アワーズ…」の2つの作品はボウイのファンのブログなりサイトなりを見ても、70年代の映画「地球に落ちてきた男」と「ステイション・トゥ・ステイション」のように語られていることは無い。でもボウイが亡くなった今、こうして見ると90年代の復活からある種、演出家のような活動を経て、最終的に自身の経歴を振り返っていくターニングポイントにこのビデオゲームとアルバムの活動があった、と思う。

2010年代に入り、ベルリン時代をはじめ過去を振り返る試みが進んだ。その極め付けでもあるのが最後のアルバム「★」の終わりの楽曲だ。「Low」に収録された「A New Career in a New Town」のハーモニカのフレーズが流れるのだ。死の間際で過去の「新たな街の生活」ってタイトルのフレーズを使うなんて・・・と思わされた曲のタイトルは、「I Can’t Give Everything Away(全てを渡すことはできない)」だった。

OMIKRON: THE NOMAD SOUL(GOG)はこちらから

 

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