「リプレイ性」の評価

「life is strange GIF」の画像検索結果

ゲームレビューでお金をもらうことを少しやっているし、ちょっと海外などの公式なメディアが行っているレビューも参照している。そこで気になっているのは、リプレイ性(Replay value  Replayabilityとも。リンク先には今回記事の内容が大体詰まってる)という評価の使いどころだ。総評にリプレイ性の高さを挙げているレビューはよく見かける。

それにしてもリプレイ性とはこのジャンルらしい評価である。たとえば小説などで再読性という部分で評価が行われることはあるのか、とざっくり検索で調べると「再読に耐えうる」のが名作である、「謎を解くために再読してしまう」などなどで評価していくことは多い。

でもそれは二次的な評価であり、まず一次的な書評で「再読性が高い」とか、読者が読むごとに様々な読み方をすることを期待した評価は(自分の見た範囲では)そんなにはないはず。いっぽうビデオゲームのリプレイ性というのは名著の「再読に耐えうる」というのとは、もちろん別の意味を持ってる。

リプレイ性とは、プレイヤーが様々なゲームプレイを受け入れてくれるなど様々な意味合いから使われている。しかし改めてまとめると、どういうときに使っていくとわかりやすいだろうか?(なお、今回エントリはシンブルプレイに話を絞っていて、マルチプレイにおけるリプレイの意味はまったく取り扱ってない)

自由度の高い攻略を許容するデザイン

まっさきに思いつくのはこれだ。あるゲームをプレイしたとして、一通りのクリアはできる。でも別の攻略法でのクリアもできるんじゃないか。この解き方でも通じるんじゃないか。あるチャレンジがあったとして、プレイヤーのさまざまなゲームプレイのアイディアを受け入れるという懐の深さを期待させる。

たとえば『Hitman』シリーズの優れたステージは、この項の意味で本当に高いリプレイ性をもっている。標的をわかりやすくスナイパーライフルで仕留めるか。影から忍び寄りしとめるか、はたまた毒殺するか、そのまま銃撃戦に突入するのか。多彩なゲームプレイによるクリアの導線が敷かれていることで、この意味でのリプレイ性を高めている。『Blood Money』以降の作品はとくに現実的なロケーションにて、あらゆる暗殺の可能性を予感させるように作られている。日常に潜むあらゆる可能性を試すことができるため、リプレイ性とは特にこのシリーズでは重要な評価に関わっている。

トライ&エラーとの区別

リプレイ性と書くと、ゲームを繰り返し遊ぶことって意味でもまず「難しいステージで何度もゲームオーバーになるが、クリアしたくなるまで挑戦し甲斐がある」というのも思い当たるかもしれない。でもこれはリプレイ性というよりも、短期的なチャレンジのトライ&エラーの評価になる。

トライ&エラーも重要な、ゲームならではの評価だ。その失敗や敗北がプレイヤー自身のミスとして納得できるか、できないか。プレイヤーがゲームプレイを改善して、こんどはクリアできるように挑戦できるようにデザインできているかという、短期的なゲームプレイの質を図る評価になる。プレイヤーを負けさせ、そして勝たせるのだ。優れた敗北を作れる

しかしリプレイ性の場合は全ひととおりのクリアは可能であり、そのなかでさらに別の方法でゲームクリアが可能か、別のゲームプレイが許容されるかという、全体での評価だ。プレイヤーがチャレンジに対して様々なゲームプレイが可能でそれを許容する懐の深さがゲームにどれくらいあるのかを期待されていると思う。

ついでにこの辺もぼんやり調べてるとGamasutraのほうに面白い記事があった。

RPGなどで違うクラスや違うキャラクターでプレイすることで違う体験

RPGなどでキャラクリエイトやスキルツリーの分岐によって異なるゲームプレイができるというのも、リプレイ性を測る要素だろう。戦士としてわかりやすく前線で戦うゲームプレイであったり、魔法使いとして少ない体力のリソースながらも多数の魔法で戦略を練る、など。

これは数多くのハック&スラッシュが持っているゲームの懐の深さであるし、日本のRPGのクラシックたる『ドラゴンクエストⅢ』なども勇者の仲間たちの職業の構成で大きく攻略法が変わるなど、比較的なじみ深いものだ。

アンロックされるおまけ

特定の実績をクリアすることで隠しアイテムやキャラクターの獲得というのも、リプレイさせようとする仕掛けのひとつである。ただ、これはあんまりリプレイ性の評価で想定されているものではないかな…とも思ったが、ゲームジャンルによるか。

リアーケードライクなジャンル、ローグライクのようなジャンルのリプレイ性として、これはゲームプレイのモチベーションを保つ仕掛けだ。『Dawnwell』で特定のポイントを獲得することで様々なスタイルや、ゲームボーイ風味のカラーパレットなどのアンロックとか。

物語の全貌を解釈するためのリプレイ

物語を主軸としたゲームデザイン(ざっくりADVなど)では、プレイヤー自身のゲームプレイのアイディアを反映させる余地というのは少なく、リプレイというより初回プレイの体験に注力している。しかし、物語そのものにうまくプレイヤーを介入させるデザイン次第でリプレイ性を高めた作品になる。

わかりやすい例で、数多くのノベルゲームがプレイヤーがストーリーに介入する部分として、要所要所で選択肢が提示するデザインがそうだ。どれを選んだかによって物語や登場人物の反応が変化。あの選択をしなかったとしたらどうなっていただろうか?を知るために、別の選択肢を選ぶためにリプレイする。この構造がそのままノベルの一大ジャンルになるループねたになることで、物語を主軸としたゲームの持つリプレイ性を物語にまで生かしたものになった。(※でも今日までに定着したループネタの場合、”すべての選択肢を見てループに気付き真エンドを見る”までのゲームプレイを複数リプレイとしてみるよりも、真エンドを見て物語の完結をみることは初回プレイである、というべきかもね)

個人的にはtelltaleのエピソードタイプのADVも数多くの選択と分岐が魅力的で、リプレイ性を訴えかける出来には違いないのだが個人的には別だ。倫理観を問いかける、答えの出ない選択をプレイヤーに提示する初回プレイの緊張感そのものが重要で、どっちに分岐するかはさして重要ではなかったりする。ただ同じエピソードタイプの『Life is Strange』はタイムリープと青春ねたに、ゲームプレイヤーはリプレイをするものだ、とコンセプトにしているふしもあり、あれはリプレイ性をもある種作品のテーマに仕立てあげている。

物語を主軸にしたゲームでもリニアかつ特別ストーリーの分岐もない場合のリプレイ性というのも、作品によっては見出せる。初回プレイではすべて情報を見せてくれず、断片的である・伏線を張っておきながら全貌が明らかにされないなど、プレイヤー自身が物語の全貌を知ろうとリプレイさせるというケースだ。GHMの代表作『シルバー事件』や『Killer7』などはなんらかのメインストーリーは据えられていながらも、物語の全貌は断片的にしか示されないし、最近なら『Her Story』(あっこれリニアじゃないやごめん)は断片的な情報を収集し、全貌を見出すこと自体をゲームプレイに落とし込んでいる。

最高のリプレイ性とは?

また、『シルバー事件』『Her Story』のように抽象的で、断片的な物語の語り口の場合、読者側の解釈の多様さを受け入れるように出来ている。この場合、小説や映画など比較的リニアな物語体験を持つメディアでも、解釈の多様性というのは読者が持っている自由だ。

プレイヤーが一度クリアでき、その後に様々なゲームプレイを許容する意味でのリプレイ性と、抽象的であったり断片的な物語の解釈の多様性を併せ持った作品というのが非常に強いリプレイ性を持ったゲームといえるかもしれない。それはここ最近進んでいる物語とゲームのルールをミックスさせるデザインのひとつと思われる。

非常に高い理想におもえるけれども、わりと実現しているケースはある。『Deus ex』の初代がそうとも言えるし、『ガンパレードマーチ』の初代もかなりの線を行っている。だが同シリーズがコンスタントに様々なゲームプレイでのクリアを許容するのと物語の多様な解釈の自由を併せ持ったデザインができているとは言い難いため、ただでさえゲームプレイと物語を一致させるのが難しいなかで奇跡的なケースとも言えるかもしれない。

リプレイ性と初回プレイ

さてここまでにちょこちょこリプレイ性の対照として「初回プレイ」を持ち出しながらまとめていた。

ここまでまとめたリプレイ性では、プレイヤーがまた遊びたくなるようなリワードがあるかとか、多様なゲームプレイを求めるといった部分で、プレイヤーが作品にどれだけ参加して答えてくれるのかの懐の深さがありますよという部分を評価してる言葉になると思う。

ではそこまで多様なゲームプレイを許容しないゲームデザインは懐が浅いのか、だからだめかというとそういうわけでもないはずだ。『Limbo』『Inside』のようにすでに筋書きも攻略法も初回プレイの時点でほぼ完結し、多様なゲームプレイはそこまで許容してないゲームデザインはだめかというとそういうわけではない。多様なゲームプレイの懐が少ないゲームデザインだろうと、初回プレイの経験にすべてを投資するゲームデザインは少なくない。

またリプレイ性が高くとも、初回プレイが比較的つらいという作品もけっこうある。たとえば『ロマンシングサガ』シリーズなどはかなり前情報やら、この作品特有の進行を理解していないと初回プレイがとても難しい。しかもゲーム内で親切丁寧に進行の仕方を段階的に理解させてくれる構成というわけでもないので、リニアなRPGのような期待するとかなり痛い目を見る。トライ&エラーにムラがあり、苦しい作品ではある。だけど、なんとか一度クリアする中でこのゲームならではの仕組みを覚えると急速に魅力的になるのだ。いろんなゲームプレイを考え始め、リプレイを始めたとたんに非常に深い懐があることが発見できるからだ。

この作品は自分にとっては初回プレイとリプレイの差が激しい例だ。懐が深いからと言って、初対面がとっつきやすいわけでもない。多様なゲームプレイのアイディアを許容するゲームデザインを持つ作品は、懐の深さを示す一方で初回プレイでの完成度がさして高く見えないこともある。しかし、『リンダキューブ』など、特殊ルールであっても難易度別・リニア構成ありの複数シナリオを用意しながら、簡単でリニアな難易度をクリアさせて最終的にこのゲームが体験させたい難易度にプレイヤーを導くというデザインをとった作品もある。

ただ、昨今のオープンワールドみたいに初回プレイで100時間も取られるようなゲームのリプレイ性なんていってもしょうがないとこあるし、あれは長大な初回プレイのなかでもプレイヤーが多様なゲームプレイを許容するようにつくっているともいえる。

しかしこれを言い出すと、リプレイ性という言葉をつかうんじゃなくて「ゲームがプレイヤーの様々なゲームプレイのアイディアや、ストーリー、世界観の読みを許容する懐の深さ」を一言で指し示す言葉が他にあったとしたらそっちでまとめたほうがいい気がしてきた。いまんところその代案がないからリプレイ性でまとめたほうが「懐の深さ」を端的に示せるのかな…

メモとしてまとめながらなんだが、あんまりいいすぎるとバズワードになるのでこのへんで。この書き散らしまとめてる間に英語でリプレイ性という言葉の取り扱いにめちゃくちゃキレている記事を見つけて、どこでも定義がバズりかける言葉に対して怒りを向ける人々がいるわけで我々は監視され続けているという事実ばかりを噛みしめた。世界は警察たちで満ちており、そのなかに言葉は囲まれている。

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