『For Honor』で思い出した『北派少林 飛龍の拳』とカンフーの心眼

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ひとは6歳までに遊んだビデオゲームに縛られ続けるという呪いにかかっているという話を今思いついたのだが、最近はふっとした瞬間に『飛龍の拳Ⅲ 五人の龍戦士』のOPテーマが脳内で鳴り響くのでいろいろと思い出していた。カルチャーブレーンの最盛期が自分の幼稚園から小学生に上がるころまでに重なっていたのだ。たいていの人にとってマリオのほうが馴染みのある隣人だろうが未だに自分にとっては外国人のままだ。当時スーパーマリオを3面から先に進められなかったからだ。リュウと聞けば『ストリートファイターⅡ』ではなくいまだに『スーパーチャイニーズ』の2P側の方を思い浮かべるくらいに幼少期はそっちのほうに馴染んでいたのだった。

それよりも色々と知った今、振り返ってみればあのゲームシステムは洒脱だったんじゃないか?そう、『飛龍の拳』の目玉の格闘システム、心眼システムによる格闘シーンである。あれは今考えればあそこまでカンフーの攻防をプレイヤーが体験し、再現したシステムは無かったんじゃないかとおもったのだった。

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溯っていけば原点は『北派少林 飛龍の拳』と元は1985年に稼働していたアーケードゲームであり、まだカルチャーブレーンを名乗る前の日本ゲーム名義で開発された作品だった。同時期には『スーパーチャイニーズ』シリーズの原点である『チャイニーズヒーロー』が稼働していたとのことだ。

80年代のアーケードのアクションゲームではコナミの『イーアルカンフー』など、あとの対戦格闘ゲームに繋がるデザインを持つ作品がいくつも公開されていたのだが、まだこのころは当時の映画の人気ジャンルだった香港のカンフー映画をモデルにすることが優先されていたと思う。80年代だからジャッキー・チェン、そしてジェット・リー、そしてもちろんブルース・リーらのカンフー映画だろう。

中でも『北派少林 飛龍の拳』と『チャイニーズヒーロー』の2作は特にジェット・リーの影響度が大きい気がする。出世作『少林寺』が日本公開されたのが1983年なので『北派少林~』のタイトルになってると思われるし『スーパーチャイニーズ』の主人公ジャックとリュウという名前に落ち着く前は辮髪の姿のジャッキーとリーという名前なのでまんまではないか。人気映画がそのままアーケードに反映されるなんて、映画がポピュラーカルチャーのチャンピオンの時代らしいいい話ですよね…いまなら『マッドマックス 怒りのデスロード』人気でモデルにしたアーケードゲームが稼働してるとか、『ジョン・ウィック』や『キングスマン』のアクションが出るとかそんな感じだったと考えてもらうといいのかもしれない。(現実では『マッドマックス』はぬるいオープンワールド化、ジョン・ウィックは『Payday2』のコラボキャラクターで登場したりするくらいだけども。)

さてその中でもカンフー映画ならではのあの独特の攻防に着目したのが『北派少林 飛龍の拳』じゃあないだろうか。『イーアルカンフー』はフルコンタクトのガチの闘いであり、カンフー映画的なあの攻防とはちょっと違うし、『ショーリン・ロード』はカンフー映画の見せ場の一つ、一対多数の闘いをフィーチャーしたものだ。『チャイニーズヒーロー』のほうは一体多数をモデルにしている一方で『北派少林 飛龍の拳』は一対一でのカンフーの対戦をモデルにしている。

『北派少林 飛龍の拳』の時点でカンフー映画の攻防の再現度と完成度は高く、正直な話完結しきっている。後のスーパーファミコン時代に至るまで基本的なシステムや相手側の行動のアルゴリズムもほとんど変わっていない。●で表示される攻撃する部位や防御する部位に合わせて、レバーとボタンを組み合わせて打撃を放っていく。そうした均衡を突き崩すようにラッシュを起こし、決めのタイミングで必殺の飛龍の拳を放つ。これによってジェット・リーの格闘シーンのような、カンフーの間や攻防の再現は本作がもっとも優れていると思う。

『北派少林 飛龍の拳』の優れた点はそこだけではなく、カンフー映画の再現にはとどまらずにムエタイやボクサー、さらにはプロレスも含めた異種格闘技戦に突入していく点だ。カンフー映画の攻防をベースとしたシステムでの異種格闘技戦というのは、後にも先にも飛龍の拳しかないのではないか。『ファイヤープロレスリング』シリーズがロックアップから始まるプロレスの攻防をゲームに捉え直しながら異種格闘技戦にもハードコアにも移行できるようにデザインしたならば、こちらはカンフーの攻防をベースにした意味で洒脱であり、後年の作品で異種格闘路線は完成していく。

しかし日本ゲームはカルチャーブレーンと名義を変えたあと、アーケード開発の路線ではなく任天堂を中心としたコンソール事業に進出することでゲームデザインに注力する点が変わっていく。このあたりから心眼システムによる、カンフー映画の攻防をベースとしたゲームデザインの競技性よりもRPGの要素を混ぜ込んだり、メトロイドヴァニアにしたりと他ジャンルをミックスするしていくなかで、だんだん原点のカンフー映画の要素からどんどん遠のいていく。同様に『スーパーチャイニーズ』シリーズも他ジャンルミックス路線のなかで忍者にもなったり宇宙にもいったりとごった煮になる妙なことになりながら、カルチャーブレーンは全盛を迎えていく。

1990年の『飛龍の拳Ⅲ』では双剣や棒術を使った対戦や法力の豪華な演出も加わり、さながら武侠映画や『チャイニーズゴーストストーリー』のワイヤーアクションとSFXみたいな要素をも再現するかのような戦闘シーンが素晴らしい。

1991年の『飛龍の拳スペシャル ファイティングウォーズ』ではカンフーの攻防をベースに対戦格闘に注力する。アントニオ猪木から前田日明(当時はUWFブームもあった)、マーシャルアーツのベニー・ユキーデ、オランダキックボクシング界の重鎮ロブ・カーマンらをモデルとしたキャラクターとの異種格闘技戦が可能だった。プレイヤーは自分のキャラをクリエイトし、育成していくことも可能などコンセプト自体はかなり良いものだったのでは。

ところが心眼システムによるカンフーの再現デザインが一挙に古びる時代が来てしまう。初代の完成以降には、心眼の早押し以上の競技性を提供できなかったゲームデザインのうえ、初代から一向に変化しない試合内容などなど、80年代から90年代というビデオゲームの変化の中でも非常に大きな時代の中で10年近くも足踏みしていたことに加え、スーファミ時代には単純にアクションゲームにするにはガタガタのフレームなど技術力の低さも問題だった。

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極め付けはアーケードの1991年の『ストリートファイターⅡ』の登場だった。カンフー映画や現実の格闘競技をモデルにすることを超えた、対戦格闘ゲームのジャンルが確立されたことで急速に過去のタイトルとなってゆく。同年に異種格闘技戦をテーマにしていた『飛龍の拳 ファイティングウォーズ』をリリースしていたのだが、あちらはコンソールのみであることや、各キャラのゲームプレイがそこまで差別化されていないのと比べれると差は大きかった。

ゲームセンターで知らない人間と対戦できることや、キャラによってゲームプレイが大きく変わるなどなど、アーケードならではの短時間でインカムを回すことが目的ゆえのシャープなゲームデザインの対戦格闘の完成度の前に、格闘アクションゲームはすでにカンフー映画の攻防の再現であるとか、現実の格闘技事情の再現であるとか関係なくなってしまった。対戦格闘は対戦格闘として独立していた。

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同じ時代にはモデルとしていたカンフー映画さえ衰退を始めていた。ファイヤープロレスリングシリーズは現実の多団体時代や総合格闘技の台頭に合わせることで、ファンがゲームでシミュレーションなり夢の対決などを実現したりすることで意味を持っていたのに対し、『飛龍の拳』ではSFC版に至ってはもう少林寺の動きではなくキックボクシングの動きだったりするのでカンフーの魅力さえ関係なくなってしまっていた。

モデルとしただろうジェット・リーにしても、1991年に主演した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』の第一作ではカンフーの時代が終わることを示唆するセリフが出てくる。実際にはジェット・リーはそのあとも魅力的なカンフー映画に多数出演していくが、全体としては衰退していった。

90年代の初頭の時点で追いつかない技術力、対戦格闘ゲームの台頭、カンフー映画の衰退に囲まれたことで、心眼システムが生み出すカンフーの攻防は急速に意味を失う。飛龍の拳シリーズも結局は対戦格闘に転向してしまう。それどころかスーパーチャイニーズシリーズさえ格ゲーに移行してしまっていた。カルチャーブレーンの全盛期で優れた点は早くにアーケードから手を切り、コンソール事業で格闘のみではなくアクションやRPG、アドベンチャーといった他ジャンルを混合させるゲームデザインだっただけに、コンソールのフィールドでアーケードで発達した対戦格闘一本になっていくことは明らかに後退だったのではないか。

しかもその頃にはさらにカンフーの攻防を対戦格闘のジャンルで上手く消化した作品も現れる。数多くの中国拳法の攻防をベースにした3D対戦格闘『バーチャファイター』だ。いよいよ飛龍の拳の立場は無くなってしまった。

むしろSFC以降のほうが他のタイトルも他ジャンル混合でデザインしていく傾向は高まっていく。たとえばアーケードで発達した対戦格闘がコンソールではRPGやアドベンチャーエッセンスを取り込んだ作品を発表するケースは少なくはなかったわけで、当の『バーチャファイター』にしてもコンソールでの豪華な体験を追及した結果が『シェンムー』ではないか。皮肉すぎる話だ。ある意味で『飛龍の拳』は早すぎた『バーチャ』~『シェンムー』のようでもある。アーケードの格闘一本からコンソールに絞るなかで、バラエティ豊かにRPGやアドベンチャーの要素を混合していく先駆けでもある。その後、失敗し対戦格闘一本になってしまうことも含めて……

そのころにはもう自分も飛龍の拳のことは忘れており、スクウェアの『ファイナルファンタジーⅥ』や『聖剣伝説Ⅱ』がもっともなじみ深いゲームになっていた。SFC時代からカルチャーブレーンが急速に没落していく様子は子供心にも感じ入っていっていたが、そのまま忘れてしまっていた。

次にカルチャーブレーンを目にしたのはインターネットだった。完全に没落しきり、創業者や関係者が2chやwikiでいじり続けられるという悲惨なものだ。それに耐えられなくなったのか関係者が法的な処置を発表したことで逆に加熱し、依然として荒らしは続いている。インターネット上でカルチャーブレーンという単語には日本のゲーム系ネットトロルが延々とすがり続けている。

もう思い出すことはないだろうな、と考えていたのだが今年リリースされたPS4の作品で「これはもしかして心眼システムみたいなものなんじゃ?」と思わされた作品があった。UBIの剣術対戦『For Honor』のことだ。もともと製作者が剣術を嗜んでいて、これをビデオゲームに落とし込めないかという発想から出来上がったゲームデザインに至るまでに往年の心眼システムがカンフーの攻防の再現に導いたことを思い起こさせた。アーケードではなくPC・コンソール主体だからこそのあのゲームデザインであるとも言えそうだ。あの剣劇は知らず知らずのうちにフーズ・フーとの闘いを思い起こさせたのか、『飛龍の拳』のメインテーマが頭の中でループするように繋がっていったのだった。

(この記事を書いているときにカルチャーブレーンの専務を務めた遠藤一夫氏の訃報が届いた。ご冥福をお祈りいたします。)

2件のコメント

  1. シルバー事件座談会ではお世話になりました。
    いつもブログを拝見しております。

    『For Honor』は確かに『飛竜の拳』を思い出しますね!
    当時、ある種の旗上げ対決のようなシステムから、
    対戦は能動性があるようなないような不思議なものだったような記憶でいます。
    (ファミコンの後期あたりからシステムも変わってきた…ような気もしないでもないですが)

    格闘ゲームはフレーム的に有利かどうか(=攻め時なのか守り時なのか)が、
    視覚的にわからず知識を要するところが多いですが、
    このシステムはそういうことを気にせずプレイすることができましたね。

    『For Honor』もガード不能攻撃なのでわからん殺しが通じることもありますが、
    明らかに既存の格闘ゲームなどとは違う格闘部分の読みあいが面白い一作だと思います。

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  2. 座談会ではありがとうございます!
    この前ミカドで「北派少林 飛竜の拳」をやってきましたよ。
    まだ『スト2』以前で対戦格闘が定義されていない時代の格闘ゲームは
    へんな初々しさがあっていいですね。
    1993年にUFCが現れる以前の、武道からプロレスまで
    新格闘技を探ってた時代の初々しさといいますか…格闘技たとえでなんですが。
    個人的にはファミコン時代が一番旗上げゲーム感あって、
    初代のほうがアーケードゆえに
    もうすこし操作に複雑さのあるレバーでのコマンド組み合わせが
    対戦格闘に最適化されたインターフェースであることともあいまってか、
    今あそぶと新鮮なんですよね…
    もうすこしアーケードでのカルチャーブレーンというのは
    スト2以前の80年代中には見たかったかもしれません。

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