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いまごろの『Flowly』 thatgamecompanyのアクションをアートにする試み

 thatgamecompanyの第2作である「Flowery」を今頃クリア。「風の旅ビト」であんまりにも高い評価を得たおかげで今となってはその前段階の作品という印象はあるが、こっちのほうが印象深かったり。ってとこまで去年書いたまま半年以上放置してたものを今頃まとめた。

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ビートたけしが桐生一馬の幻想を殺す

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桐生一馬は『龍が如く』の世界では伝説の極道として長い年月を重ねている設定だ。しかし、プレイヤーである自分の目線からは年月による加齢なんてまったく見えないし描かれない。マリオやソニックみたいなあくまで記号的な存在と思う。最終章である6では48歳ということらしいが年齢に意味があるように思えない。加齢を描ききれていないのである。そこに現実で壮絶な経歴を辿ってきたビートたけしが立ちふさがることでいったい何が起こったか?

『龍が如く』シリーズは多数の俳優や芸能人・スポーツ選手をフェイスキャプチャーして採用しているということをちょっとした豪華演出とかそんなところに金をつかうなみたいな話が出てくるけども、広く見てみれば『LAノワール』や『クオンタム・ブレイク』、チョウ・ユンファを起用した『ストラングルホールド』、さらには小島秀夫の新作ではマッツ・ミケルセンが主演するなどなど、実際の俳優の存在感をビデオゲームで活かす流れがある。その意味で日本国内でもっともそこを切り開いている唯一のシリーズであると言える。

『龍が如く』シリーズでは初期こそは俳優や芸能人を声優で起用するまでだったのだが、シリーズを重ねるにつれて遠藤憲一など実力ある俳優の起用から、プレイアブルキャラクターに引退をすることになっちゃった成宮寛貴などを起用しつつ、段々と哀川翔、竹内力、小沢仁志といったVシネマのトップが起用。実際、Vシネマが勃興してゆく80年代末を舞台にした『龍が如く0』で竹内や小沢が存在感を示すというのはその大味さとも相まってハマっている。

では最新作『6』ではどうかというと、宮迫博之から藤原竜也、そして小栗旬、真木よう子、大森南朋と全員が単体で主演を張れる俳優たちが採用されている。ところが彼らの採用は前作のような『龍が如く』の作品世界を構築していく方向じゃない。それぞれが作品世界からはみ出てしまうぎりぎりのところにある。

その究極がビートたけしだ。一見現代ヤクザ映画のトップ『アウトレイジ』のとの無邪気なコラボに見えるが、『龍が如く』の世界に登場したたけしは不気味に均衡を突き崩していく。もちろんこの後「続きから」では『龍が如く6』のねたばれだらけだ。

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「Life is strange」タイムリープ&マジックアワー

中高生の青春物語とタイムトラベルの相性はよいと言われている。それはあの頃がささやかな後悔の積み重ねで出来ていて、それをどうにかしてしまいたいという感情が過去に戻るという意匠に重なるからだ。青春の光と影なんてありふれたテーマで、挫折を描いた映画も小説もたくさんある。だが、あの時代のほとんどの人間はボンクラで挫折を背負いたくはないし、そんな胆力もない。にもかかわらず、実際には何らかの挫折を背負わざるを得ない瞬間が数多く立ちふさがる。青春物語に時を戻すSFが絡むとき、たいていそんな影を帳消しにしようとする。

「さっきはああ言うことは言うんじゃなかった」「いや、ああ言っておけばよかったんだ」といったささやかな積み重ねは、それが大したようなことでなかったとしてもそう選択しきれなかった自分に降りかかってくる。今から振り返ればわずかな期間でしかなかったその時に、知識もなく度胸すらない中学生や高校生だったならばなおさら後悔は大きい。

主人公マックスはまさに知識もなく度胸すらない写真学科の女の子だ。一歩踏み込んで選択することをやり切れずに、後悔を重ねている。そんな彼女はある事件をきっかけに、時を巻き戻す能力を得てしまう。積み重なってゆく後悔を、彼女は時を戻すことで帳消しにする。だがしかし、マックスに事態を背負う胆力や、問題を決定的に解消するほどの能力が身についているわけではない。挫折を避け、青春の光と影の境を曖昧にしていくばかりである。

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『シルバー事件』HD  24区の父親(追加版)

 

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あらためて『シルバー事件HD』をざっくり振り返って思うことは、謎のままのウエハラカムイであるとか、FSOとTRO/CCOの政権争いであるとか、真実と事実が違うということではない。実に単純な話で、作品全体に暗に漂っている重層的な父親像である。(以下の文章はネタバレスポイラーまみれです)

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アウェイのGAME SCOPE SIZE・ここのところはこういったところで書いてましたよ

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最近では「Mini Metro」が面白いですよ

「GAME ONに行ってきましたよ」からはや2か月近く本部のここを放置してましたが、ここんところは外でレビューなりを書かせていただいておりました。アウェイといっても見知った方であったり、以前より評価を頂いていた方々なので大変ありがたく、かつ書きやすかったです。一方ではゲームが一切関係のない媒体で無理やり繋げてやってみたいなあ、「壮快」に書くこととかねえかなあ、などとしょうもないことも思っています。ところで「さらに続きを…」をクリックすると話題作「INSIDE」のネタバレが含まれてますのでご注意ください。

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リンクのバレットタイム

ひっさびさにもぐらゲームス様の方に「SUPERHOT」の記事を書かせていただきました。

前々から書いてみよう書いてみようと思ったまま放置していた、映画らしさとゲームらしさとシンクロさせるとゲームメカニクス・バレットタイムの総まとめだったんだけど、ちょうどその総決算にあたるタイトルが今年の上半期にふたつ集中していたので、その一つの「SUPERHOT」のレビューと並行しつつ、まとめられた内容になったと思う。ちなみにもうひとつは「Quantum Break」です。

90年代ごろからこうした意匠はあったのだけど、明確にバレットタイムを定義したRemedyの「Max payne」から15年。AAAタイトルはじめいろんな作品が当然のようにバレットタイムを使用するようになった。当のRemedyもこうしてスローモーションの中を動くというメカニクスは、壊れた時の中を動くという世界観の「Quantum Break」に引き継がれる形で一歩踏み込んだデザインをやっており、抽象化を推し進めた「SUPERHOT」と同じ年に出てくると言うのもまあシンクロニティを感じると言うか。

さて今回は先のもぐらゲームス様で書かせていただいたエントリのちょっとした補足。「では日本ではバレットタイムはどうだったのか?ムービー演出を多用するなど、映画的な方向を目指していることに変わりないのでは」というネタなんだが、これはこれで意外に拗れた解釈になるのだった。

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