4.ゲームメカニクス&デザイン

リンクのバレットタイム

ひっさびさにもぐらゲームス様の方に「SUPERHOT」の記事を書かせていただきました。

前々から書いてみよう書いてみようと思ったまま放置していた、映画らしさとゲームらしさとシンクロさせるとゲームメカニクス・バレットタイムの総まとめだったんだけど、ちょうどその総決算にあたるタイトルが今年の上半期にふたつ集中していたので、その一つの「SUPERHOT」のレビューと並行しつつ、まとめられた内容になったと思う。ちなみにもうひとつは「Quantum Break」です。

90年代ごろからこうした意匠はあったのだけど、明確にバレットタイムを定義したRemedyの「Max payne」から15年。AAAタイトルはじめいろんな作品が当然のようにバレットタイムを使用するようになった。当のRemedyもこうしてスローモーションの中を動くというメカニクスは、壊れた時の中を動くという世界観の「Quantum Break」に引き継がれる形で一歩踏み込んだデザインをやっており、抽象化を推し進めた「SUPERHOT」と同じ年に出てくると言うのもまあシンクロニティを感じると言うか。

さて今回は先のもぐらゲームス様で書かせていただいたエントリのちょっとした補足。「では日本ではバレットタイムはどうだったのか?ムービー演出を多用するなど、映画的な方向を目指していることに変わりないのでは」というネタなんだが、これはこれで意外に拗れた解釈になるのだった。

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ワースト・シューティングゲームレビュー・”音楽と映像と遊戯のモード”ベース

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音楽と映像とゲームプレイの三角関係から俯瞰されるシューティングゲーム

 自分は世界格闘技ネタ「オウシュウ・ベイコク・ベース」と適当アニメ書き殴り「14ー21歳のセックスか戦争を知ったガキのモード」、そして本ブログと3つ異なるジャンルのレビューやってるが、気が付いたらこの中でエントリ書くのが最高難度になっていたのがこの「ゲームスコープサイズ」だったので少々放置してました。(「ガキのモード」が少し見ればわかるように、最低難度)なので書きかけの記事が2、3個あるが、ちょっと趣向を変えて簡単な記事を一つ。

 旧ソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインの活躍していた1920年代から、一個人によってMAD動画という形にてPVを作り動画サイトに投稿される現代まで、「映像と音楽のシンフォニー」というのは研究・実践され続けてきた。

 しかしその映像と音楽という蜜月に割り込む第三者として、観客による介入が現れる。その観点でビデオゲームの存在を見立てるという、「映像と音楽そしてゲームプレイの三角関係」というネタをずっとやりたかったのでそろそろ書いてみるかということで、まずはその三角関係がじつはかなり絡みあっているのはこのジャンルではないか?ということで最近iosで遊んだシューティングゲームを軽く振り返るというエントリ。

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特殊任天堂論・近年の任天堂に見られる「2Dと3D」の間を行き来するデザインのヤバい現代性

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 前回の「8bit16bitリバイバル」のエントリ と半ば地続きのエントリ、ビデオゲームの2Dと3Dの歪つな溝についてのエントリです。書いてるうちに特殊な任天堂論に突入してしまいました。

 ビデオゲームの3DCG時代に突入して以降のゲームメカニックは単純な3D空間を自由に動けるというだけではなかった。現在メディアの中で大衆性と芸術性を併せ持ったトータルメディアの先達である映画表現と繋がることにより、加速度的に映像や動作モーションの洗練化が起こり、結果ビデオゲームからグラフィックからゲームシステムに至るまでのあらゆる側面での記号性が消えていった(変容していった)と思う。現行のAAAタイトルを思い出してみても、その強力なグラフィックや演出力がどれほどゲームメカニクスを越えて印象を変えてきたのだろうか?

 
 しかし2000年代の半ばも過ぎたころから2Dの8bit16bitリバイバルが起こったとともに、意識的に2Dと3Dを行き来するという、ビデオゲームのパラダイムの転換部分に触れる歪なビデオゲームが少なくなく登場してくるのだ。ここを掘り下げてくとインディペンデントから老舗任天堂までに及ぶ、ゲームデザインの一種の現代性が見えるんじゃないか?

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