6.レトロスペクティブ

『For Honor』で思い出した『北派少林 飛龍の拳』とカンフーの心眼

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ひとは6歳までに遊んだビデオゲームに縛られ続けるという呪いにかかっているという話を今思いついたのだが、最近はふっとした瞬間に『飛龍の拳Ⅲ 五人の龍戦士』のOPテーマが脳内で鳴り響くのでいろいろと思い出していた。カルチャーブレーンの最盛期が自分の幼稚園から小学生に上がるころまでに重なっていたのだ。たいていの人にとってマリオのほうが馴染みのある隣人だろうが未だに自分にとっては外国人のままだ。当時スーパーマリオを3面から先に進められなかったからだ。リュウと聞けば『ストリートファイターⅡ』ではなくいまだに『スーパーチャイニーズ』の2P側の方を思い浮かべるくらいに幼少期はそっちのほうに馴染んでいたのだった。

それよりも色々と知った今、振り返ってみればあのゲームシステムは洒脱だったんじゃないか?そう、『飛龍の拳』の目玉の格闘システム、心眼システムによる格闘シーンである。あれは今考えればあそこまでカンフーの攻防をプレイヤーが体験し、再現したシステムは無かったんじゃないかとおもったのだった。

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『シルバー事件』HD  24区の父親(追加版)

 

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もぐらゲームスで再評価を行いました。

あらためて『シルバー事件HD』をざっくり振り返って思うことは、謎のままのウエハラカムイであるとか、FSOとTRO/CCOの政権争いであるとか、真実と事実が違うということではない。実に単純な話で、作品全体に暗に漂っている重層的な父親像である。(以下の文章はネタバレスポイラーまみれです)

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デヴィッド・ボウイの90年代と、もうひとりのデヴィッドの「Omikron: the nomad soul」

 

デヴィッド・ボウイが今年の1月、69歳の誕生日を迎えるとともに、新作「★」をリリースした2日後に亡くなった。最先端のジャズミュージシャンをフィーチャーした遺作には、全編に渡り死の気配が敷き詰められており、生涯に渡り”架空のロックスターのキャラクターを作り上げ演じる”こと、”本当にポップスターになってしまう”ことや”やがて自身を晒すようにしていく”など多様な自己演出を続けた人間ならではの、終わりを悟ったパフォーマンスで埋められている。それは「Lazarus」のPVを観ればわかるだろう。目前に迫った死と、それすらも一つのパフォーマンスに演出しようともがく姿がそのまま映されている。

それから様々な形で追悼の言葉が残された。レディー・ガガはグラミー賞でジギー・スターダストの衣装を着込み、70年代のグラム期から80年代のポップスター期の楽曲を歌った。ベックとフー・ファイターズのデイヴ・グロールらは「世界を売った男」のパフォーマンスを行った。それはボウイのみならず、MTVアンプラグド・ライブでのニルヴァーナのカート・コバーンへのトリビュートでもあった。

音楽のみならず、俳優としての評価も大島渚の「戦場のメリークリスマス」(奇しくも主演の坂本龍一もビートたけしも、ボウイ同様に各時代で変貌を続ける人たちだ)はもちろん、「バスキア」で敬愛していたというポップアーティストのアンディ・ウォーホルを演じていたことだって印象深い。

しかしオレにとっては、鮮烈なグラムロックやベルリン時代の70年代とポップスターとして広まった80年代でもなく、90年代以降のボウイに最も思い入れがある。その中でも特に異色な経歴の一つに、「ヘビーレイン」で名高いデベロッパーのクアンティック・ドリームと組み、ビデオゲーム制作に関わった作品「Omikron the nomad soul」がある。1999年のアルバム「アワーズ…」にて”もともとゲームのサントラだった”という背景として知られていると思われる本作は、おそらく日本でのハードコアなボウイのファンでもほとんどその内容は触れていない。

ところがこのゲームは単なる著名人起用に留まらず、意外なくらいデヴィッド・ボウイの特色に重なる作品でもあると思う。90年代以降のデヴィッド・ボウイを振り返りつつ、なにかの間違いでゲームにそんなに詳しくはないボウイファンに読まれたときにも伝わるよう、異色のアクションアドベンチャーとして名高い本作について触れてみよう。

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追悼 岩田聡社長 未だ完結し得ないWiiの試み

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 任天堂の岩田聡社長が亡くなった。氏が天才的なプログラマーであること、若くしてHAL研究所の社長となり、経営を再建させたこと、そして山内 溥の後を継いで任天堂の社長となり、日本の家庭用ゲーム機市場にてwiiをヒットさせたこと、氏を評価する言葉はプログラマーとして、経営者としての側面など余りある。

 そのなかでずっと心にあるのは、ベタなのだがwiiの一連の試みだ。もしかしたら「カジュアルなゲーム機であった」ということで評価が落ち着いてしまっているのかも知れない。ゲーム人口拡大という美的な目標、そして一時的にその実現という実績で評価はおしまいになるのかもしれない。でもそうじゃない。

 任天堂社長に就任して以降の業績として、ハイライトとして語られることの多いDSとwiiのヒット。それは表向きのカジュアルなゲーム人口の拡大というテーマだけでなく、(もしかしたら、意図していないことかもしれないけど)ある意味ではビデオゲームというフレームやルールのリセットのなかで別の文脈へと繋げる可能性があったのではないかということだ。

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あなたは12年前のPS2のキャンペーン「RPGの世界を旅しよう!」キャンペーンに当選したでしょうか?

”RPGの起源はローマ。だからここ旅行しよう”ってこじつけすぎだろ!

  日本のRPGが気が付けば「JRPG」なんて言われ、その独自進歩したキッチュな面を拡大解釈されるようになったのはどのあたりからだろうか?

 いま歴史を振り返ったとして、日本のRPGってのがコンソール機の進歩に伴う映像の演出面から物語の構成の仕方などなどを含めた垂直進化を行えていたのは2001年の「ファイナルファンタジーX」くらいまで。

 映像やシナリオ主導による構成の対照としてRPGというジャンルとしてのメカニクスやルールを元にしたプレイヤーの技量やアイディアを生かす自由度の面ではオンラインというテーマが絡むことによって、シングルでのメカニックも変貌。その象徴としてオンラインRPGとなった「ファイナルファンタジー11」が出た2002年あたりから、かなりRPGの様相は変わってきた気がする。(コンソールでのオンラインRPG化はセガの「ファンタシースターオンライン」がもっと早いが)

 あなたは覚えているだろうか?2002年に数多くのRPGが様々なパブリッシャーからリリースされ、その販売促進としてソニーから該当するソフトを購入することでその作品のイメージに合わせた国へ旅行できるキャンペーンが展開された。「RPGの世界を旅しよう! キャンペーン」。半ば安易なこの企画だが、今振り返ると該当するソフトのそのほとんどが垂直進化と全く別な異様な方向へと向かっているのである。この異様さの中に、日本のRPGにいかにJが付く独自性が出たのか?ということを考察するってことで今回は懐かしきこのキャンペーンから提唱する、JRPGの2002年問題仮説。
 

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「アウターワールド」は20年早いビデオゲームだった 「アンチャーテッド」を90年代にとっくに実現してた感さえある

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 発売当初ではあまりに逸脱したスタイルでありながらも、その特定のジャンルに回収されないかのようなアートスタイルとヴィジュアルによって数多くのゲームクリエイターから名前の挙げられることの多い「アウターワールド」

 最近になってios版をクリアしたんだが、遊んでいて痛感させられたのは「これはやること為すこと20年は早い」と全編にわたって思わされる出来であり、まさしく初代発売の1991年それからiosエディションリリースの2011年の期間そのままに後で効いてくる要素が全面に渡っているのだった。

 

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そういえば「鬼武者」シリーズはなぜ新作が出なくなったか?の2、3の邪推・スラッシュアクション仮説の歴史・余談

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 さてここのところの個人的リサーチ「スラッシュアクション仮説の歴史」シリーズまとめてる時に、そういえば「鬼武者」シリーズっていつの間にストップしちゃったんだろうなと思ってちょっと振り返ってみたら、これ今考えるとすげえ豪華だったんだなと気付かされる。

 いまでは中古屋でとんでもない安価がついちゃってるけど、当時のPS2への次世代機移行すぐの新作ってことで付加された多くの豪華さは未だに印象深い。グラフィックスから音楽に見るゲームプレイとカットシーンの出来る限りの結合による、俗に映画的進行や、数々の俳優やクリエイターを招くことで世間にも希求しながら当時としてはまだ未完成だったろうスラッシュアクションのメカニクスを武器にするという意味で、初期のPS2がもたらした光景として最も記憶に残っている。がしかし、そんなエポックを感じたシリーズが何故いつ停滞することになったのか?

 もうPS4だXBOX ONEだという時代に、日本製作の据え置きでのビデオゲームはmk2のアクションの欄を見ればわかるけど気が付けばスラッシュか無双にキャラ乗っけるだけみたいのに溢れてて貧乏くさくなっちゃった今と比較して、金も技術も覇権もまだ日本にあった12年前の豪華なスラッシュ代表シリーズ・レトロスペクティブ。なぜ今ブラウザゲームが新作と言うことになってるのかの邪推。

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