2017年にゲームメディアで書いてきた記事ハイライト

 

今年はメディアでかなり書いていたので自己紹介などで大きく「GAME SCOPE SIZE」を喧伝しているわりに本体のここがあんまり更新できてないのでどういう自己プロデュースだって感じになってるので、2018年は充実させていきます!と前置きしつつ、2017年にさまざまなメディアで書いた記事のハイライトです。

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巨神獣とイヴァリースのヘイトコントロール・ゼノブレイドとff12のキャラ立たせ方

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現在のMMOメカニクスのシングルプレイRPGでは、ヘイトコントロールがキャラを立たせていたのかもねという小話です。

2017年はリマスター&ゲームデザインの調整、BGMの再録が行われた『ファイナルファンタジー12 ゾディアックエイジ』とモノリスソフトによる『ゼノブレイド2』が揃ってリリース。いわば2006年以降の日本のシングルプレイRPGにMMORPGのゲームメカニクスが入り込んでからの10年というちょっとした総括みたいなところがある。今年この2つを遊びつつ、そういえば未知であった「ヘイト」の概念を、今ではMMORPGから遠いゲーマーでも比較的理解されているよねと思ったのだった。

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“PCとの対話”から振り返るドラクエとFFの差

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長らくコンソール中心で遊んできた身なのでPCゲームに移るのはだいぶ遅かった。ちょうど国内でのコンソールでのゲームデザインが煮詰まってきたのを感じていたのもあって、移った当初は正直かなりの解放感があったのを覚えている。

そんなふうにPCで海外の様々なビデオゲームを遊んだ中で、最もコンソールとは異なると感じた点が一つある。非常にシンプルだ。こんなことは今更かもしれないけれど、PCとの対話である。あらためてPCとの対話という観点から振り返るとビデオゲームのストーリーテリングへの解釈がずいぶん様変わりすることに気付く。

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国道140号線DRIVING SIMULATOR

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かなり前にちょっとした休みが取れた時に昔からの友人と埼玉県の秩父にある三峰神社に車で行った。国道140号線に入り、しばらく運転していくと本当に景色が山と木々というとてもシンプルなものになっていくのもあって、いろいろ会話をする。話題が途切れればみんな静かに窓の外の風景を眺めていたりする。

ドライブの最中というのは後になって思い出せないような本当にしょうもない話しかしない。よく考えるとドラマや映画なんかでやけに重要な話をするシークエンスにどこかしらの車中でなんてありふれているけど現実にはあまりないわけで、考えてみればタランティーノの映画がとくに伏線にも繋がらないような無意味な会話をあえて入れるというのは映画ではびっくりすることなんだけど、現実では毎日あたりまえに出くわしている。

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初代聖剣伝説「マナの神殿」は誰もリメイクできない

Nintendo Switchで『聖剣伝説コレクション』がリリースされたのもあり、ひさしぶりに聖剣伝説シリーズ関連の音楽を聴いている。

スクウェアのピクセルアート技術が乗っていたFC-SFC時代。聖剣伝説シリーズの全盛期と言える3作目まではウェットな物語に感情移入を促すような作り方を特色にしていた。しかしあらためてゲームボーイの初代聖剣伝説のBGMを聴いていると、ひとつだけ異色の楽曲が存在する ことがわかる。最後の場所であるマナの神殿の音楽だ。

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『Strange Telephone』知らない通知先

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ありふれた電話は、ほんのささいな行き違いで奇妙な体験につながる。たとえば一通の知らない番号からの不在着信に折り返すとき。電話番号の押し間違い。はたまた、いたずらで適当に番号を入力して、偶然繋がってしまった。そのとき、電話の先にいる人間の声がだれなのかをまったくわからないまま会話が始まる。たいていは「番号を間違えました。すみません」の一言で終わるだろう。けれど、実態がわからない、座りの悪い感覚は残る。電話の向こう側の彼らは何者だったんだろうか?誰だったんだろうか?

膨大な電話番号にコールし向こう側がまったくわからない世界に触れていく『Strange Telephone』は見知らぬ電話番号の向こうが誰なのかがはっきりしない座りの悪さを思い出させる。スマートフォンを主なプラットフォームとしていることもあって、より生々しい感触を残していく。

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『For Honor』で思い出した『北派少林 飛龍の拳』とカンフーの心眼

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ひとは6歳までに遊んだビデオゲームに縛られ続けるという呪いにかかっているという話を今思いついたのだが、最近はふっとした瞬間に『飛龍の拳Ⅲ 五人の龍戦士』のOPテーマが脳内で鳴り響くのでいろいろと思い出していた。カルチャーブレーンの最盛期が自分の幼稚園から小学生に上がるころまでに重なっていたのだ。たいていの人にとってマリオのほうが馴染みのある隣人だろうが未だに自分にとっては外国人のままだ。当時スーパーマリオを3面から先に進められなかったからだ。リュウと聞けば『ストリートファイターⅡ』ではなくいまだに『スーパーチャイニーズ』の2P側の方を思い浮かべるくらいに幼少期はそっちのほうに馴染んでいたのだった。

それよりも色々と知った今、振り返ってみればあのゲームシステムは洒脱だったんじゃないか?そう、『飛龍の拳』の目玉の格闘システム、心眼システムによる格闘シーンである。あれは今考えればあそこまでカンフーの攻防をプレイヤーが体験し、再現したシステムは無かったんじゃないかとおもったのだった。

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