1.AAAタイトル

よこはまコスモワールド(またはグランドインターコンチネンタル)周縁の路上にて

馬車街道西

仕事で横浜に行くとき、みなとみらいへ向かうことが多い。雑多な街並みの渋谷駅から電車を乗り継いで、みなとみらい駅へ着くと、きれいで人工的な街並みが広がることにいつも驚く。駅を出れば、すぐ側でよこはまコスモワールドの観覧車と、曲線のシルエットの建物であるヨコハマグランドインターコンチネンタルが見える。横浜が紹介されるとき、クリーンな都市風景の象徴として、いつだって写真に撮られているイメージだ。

そんなイメージの周りを、溢れるくらい俗悪なもので埋め尽くしたことを、『龍が如く』シリーズを書き替えた制作側はどれだけ意図していたのだろうか。コスモワールドの観覧車のある海の向こう側では、車上荒らしに向かって壮年のダンサーがキックを放ったり、アイドルが倒れた相手を殴りつけたりするような、コントなのか喧嘩なのかわからないことがいつも起きている。

『龍が如く7』は一見、横浜の綺麗なイメージの周りで、露悪の限りを尽くしているかに見える。しかし奇妙なくらい豊穣な印象があった。おそらくそれは菊地成孔が『フロリダ・プロジェクト』の映画評で語ったみたいな豊穣さに繋がっている。

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『デス・ストランディング』ある島の可能性

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自分がとある小説を読んでいるあいだ、テキストから想像していた風景が、視覚メディアにそのまま登場する体験は初めてだ。それをまさかの話題作がハイクオリティで実現していた。

ここに書いてあることはビデオゲームと小説のふたつの作品を通して、歪んだ形である価値観から距離を取りながらも、その価値からは手を切れないことについてである。

(エンディングまでのスポイラー有)

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国道140号線DRIVING SIMULATOR

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かなり前にちょっとした休みが取れた時に昔からの友人と埼玉県の秩父にある三峰神社に車で行った。国道140号線に入り、しばらく運転していくと本当に景色が山と木々というとてもシンプルなものになっていくのもあって、いろいろ会話をする。話題が途切れればみんな静かに窓の外の風景を眺めていたりする。

ドライブの最中というのは後になって思い出せないような本当にしょうもない話しかしない。よく考えるとドラマや映画なんかでやけに重要な話をするシークエンスにどこかしらの車中でなんてありふれているけど現実にはあまりないわけで、考えてみればタランティーノの映画がとくに伏線にも繋がらないような無意味な会話をあえて入れるというのは映画ではびっくりすることなんだけど、現実では毎日あたりまえに出くわしている。

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ビートたけしが桐生一馬の幻想を殺す

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桐生一馬は『龍が如く』の世界では伝説の極道として長い年月を重ねている設定だ。しかし、プレイヤーである自分の目線からは年月による加齢なんてまったく見えないし描かれない。マリオやソニックみたいなあくまで記号的な存在と思う。最終章である6では48歳ということらしいが年齢に意味があるように思えない。加齢を描ききれていないのである。そこに現実で壮絶な経歴を辿ってきたビートたけしが立ちふさがることでいったい何が起こったか?

『龍が如く』シリーズは多数の俳優や芸能人・スポーツ選手をフェイスキャプチャーして採用しているということをちょっとした豪華演出とかそんなところに金をつかうなみたいな話が出てくるけども、広く見てみれば『LAノワール』や『クオンタム・ブレイク』、チョウ・ユンファを起用した『ストラングルホールド』、さらには小島秀夫の新作ではマッツ・ミケルセンが主演するなどなど、実際の俳優の存在感をビデオゲームで活かす流れがある。その意味で日本国内でもっともそこを切り開いている唯一のシリーズであると言える。

『龍が如く』シリーズでは初期こそは俳優や芸能人を声優で起用するまでだったのだが、シリーズを重ねるにつれて遠藤憲一など実力ある俳優の起用から、プレイアブルキャラクターに引退をすることになっちゃった成宮寛貴などを起用しつつ、段々と哀川翔、竹内力、小沢仁志といったVシネマのトップが起用。実際、Vシネマが勃興してゆく80年代末を舞台にした『龍が如く0』で竹内や小沢が存在感を示すというのはその大味さとも相まってハマっている。

では最新作『6』ではどうかというと、宮迫博之から藤原竜也、そして小栗旬、真木よう子、大森南朋と全員が単体で主演を張れる俳優たちが採用されている。ところが彼らの採用は前作のような『龍が如く』の作品世界を構築していく方向じゃない。それぞれが作品世界からはみ出てしまうぎりぎりのところにある。

その究極がビートたけしだ。一見現代ヤクザ映画のトップ『アウトレイジ』のとの無邪気なコラボに見えるが、『龍が如く』の世界に登場したたけしは不気味に均衡を突き崩していく。もちろんこの後「続きから」では『龍が如く6』のねたばれだらけだ。

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「Pokemon GOとオープンワールド」と意味ありげなタイトルに見せかけて「Watch_dogs」再評価&続編への展望に変化するとりとめのない文章

「Pokemon GO」ではじめてARゲームに手を出してみた。「Ingress」などすでにARゲームの評判は知っていたんだけど、どうも新規参入するには敷居が高くなってる印象を受けて手が出なかったんだけど米国大ブーム&ポケモン知ってる&サービスはスタートしたばっかりの流れに乗る形でやってみたのだった。

ファーストインプレッションはスマートフォンらしいフラットデザイン寄りのクールなデザインにちょっぴりくどいポケモンのデザインやBGMが微妙にずれてる感じが可笑しいとかそんなしょうもないことなんだけど、一番は「これはオープンワールドやMMOのミッションや集め物を現実の街で再現したらこうなる」ということだったりする。

GTAを代表とするオープンワールドというのは現実世界の光景をビデオゲームにてある程度再現したものなのだが、自由の街中や広大な風景を歩ける一方、根本的なところに街や土地に何らかの意味や目的が無ければ本当にまともに見向きもしてこないところがあるな…ということがある。とりあえずGTAみたいな都市をシミュレートしたオープンワールドで話を進めているけど、都市や風景はただあるだけでは意味は全くなく、なにか意味を持たせるために集め物をさせたりミッションを配置したりすることでゲームとして成立させていたのかなあとか思ったのであった。

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バットマンほど真実について知りたがりながら逆に遠ざかるキャラはいない「Batman Arkham Knight」感想・考察

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 漫画からスタートしたバットマンシリーズは映画・アニメなど様々なメディアにて独自の解釈の作品が生まれた。単なるメディアミックスというだけに留まらず、そのメディアでしか成立しない何かを捉えるほどの完成度を見せることも少なくはない。たとえばノーランの「ダークナイト」などなど…

 「Batman Arkham Knight」は漫画や映画のバットマンとは異なる、ビデオゲームならではの描かれ方をしている。でもフランク・ミラーの傑作漫画以降に付きまとっている正義や善悪の境界で苦悩するバットマンを描いているけれど、そこじゃない。他のジャンルでは見られないスタイルを追求していることが大きい。それは「バットマンを操ってオープンワールドのゴッサムシティを飛び回る」ということでもない。

 このゲームを作ったRockstadyはビデオゲームでしかできないアートスタイルとストーリーテリングを追求しようとしている。(自分のバットマン観測範囲だが)それはたぶん漫画や映画、アニメでは追及されてないところだ。

 すばらしい試みだ…アメコミのモダンエイジ期にリスペクトを送っているだろうクリストファー・ノーランの映画の試みにも重なる。だがこのゲームもノーランの映画と同じくらい「このメディアならでは」を追及する一方、本当のコアになる部分を落としている。

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「Witcher3 Wild Hunt」感想&考察 ヨーロッパ全土に広まる伝承がオープンワールドを覆いつくす

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 「Witcher」シリーズ完結編につけられたサブタイトル、ワイルドハント。世界を朽ち果てさせる闇の勢力であり最大の敵なんてファンタジーらしいわかりやすい存在なのだが、ところがこの作品に限ってはそれで終わらない。なぜなら民話や伝承を元にしたファンタジーの側面と、それが発想される元になる悲惨な現実がハーフになった世界観なのだから。

 ワイルドハントとはヨーロッパに広く伝わっている伝承だ。見たものに疫病や戦争をもたらす狩猟団のことを指す。北欧神話ともかかわりの深いこれは各地でディテールは異なるのだが、ここでは製作したCD projektの所在地であるポーランドはじめ中欧の解釈だろう不吉なものだ。

 主人公リヴィアのゲラルドはワイルドハントに追われるシリを探す旅を続ける。だがシリを追ってワイルドハントが通り過ぎた土地には、そのモデルとなった伝承の通りにおしなべて不吉な影が差す。ゲラルドは戦火の中、混迷を極める状況で蔓延する善悪でくくれない悲惨や悲劇と対峙していく。ここに伝承と現実の境界に立たされるかのような体験がある。

 ウィッチャー自体が境界線上にいるように、ファンタジーと現実の境目を旅する。ワイルドハントの伝承はオープンワールドという構成と合いまり、戦火の中にある世界の全土に蔓延する不吉や不条理をデザインした驚異的な世界となっている。

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「ゼノブレイドクロス」 感想&考察 惑星ミラはどこにもない 世界には意味が無い

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  そう惑星ミラはどこにもない。100時間前後を超える体験があろうとも、この世界に関して認識したり理解するようにはできていない。

 そこにはJRPGの進歩の名目の中、暗に睨んでいるだろう海外AAAタイトルのRPGであるとか、オンライン、そしてオープンワールドの要素などなどが絡み合った不気味で、しかし意味深いカオスが展開されている。

 とびっきりのリニアな進行で、言葉多くムービーを多用してシナリオを進行させていたモノリスソフトが完全にリニアを捨て去った転回。そこは革命的というよりも、何十時間触れていても世界観が浸透してこない恐るべきドライで、抽象的な体験が展開されていた…。

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AKB48とプロレスファンのための指輪物語「シャドウオブモルドール」

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 Talion, If you smell what Talion is cookin’!

 「シャドウオブモルドール」は表向きのフックには「ロードオブザリング」「ホビット」シリーズのミッシングリンクを埋めるストーリーが描かれていることで、裏側のフックとしては洒脱なAIを構築したことが大きな評価の一つになった「F.E.A.R」を開発したMonolith Productionsの新作であることで注目された。

 ライトな有名版権ゲームのイメージとハードなデベロッパーの作り上げた「バットマン・アーカムシティ」「アサシンクリード」のメカニックを利用したオープンワールド、ということで、多くのレビューもそういうところに落ち着いている。

 が、オレはというともはやオープンワールド文脈だの指輪物語だのどうでもいい。「一体、一体なぜこうなったんだこのゲーム」という思いを格闘技レビューもやってる身だと隠し切れない日本にいて嫌でも目にするあのアイドルグループを見ている身だと隠し切れない。そう本作のハイライトである「ネメシスシステム」これはどう考えてもあの影響を受けているとしか思えない。そうAKB48、そして大相撲、そしてプロレスである。今回のエントリはMonolith Productionsの中核に松井珠理奈を上位いや軍隊長にするためにCDを買い込んだ人間が潜んでいると推測する文章である。

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「三上真司はサバイバルホラーの父」それは嘘の可能性「サイコブレイク」

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2014年書き忘れ記事その2

 「まるで過去の記憶がまざりあっているみたいだ」そんなセリフ(ごめん、うろ覚え)を登場人物にしゃべらせているように、過去の三上真司のディレクションした「バイオハザード」シリーズの要素から、近年のTPSの流れに参入した「ヴァンキッシュ」のようなフォームまでを総括したゲームデザインとなっている。

 

 ところがそうした過去を総括したようなデザインであるがゆえに、一つの大きな疑問がゲームを進めていく中で湧き上がってくるのだった。それはシンプルに「三上真司ってサバイバルホラーの父、創始者とかゲームメディアは言ってるけどこれ本当かよ」という疑問だ。

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