政府が恐れたhalf-life MOD 「ESCAPE FROM WOOMERA」 未完のドキュメンタリーゲーム

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前回の「ドキュメンタリーの要素のあるゲーム」ネタの続き。 現実の事件や社会を題材にするゲームが増えている中でドキュメンタリーのような手触りの作品が少なくなく出ている印象がある。しかし歴史の中では、その当時に進行中だった社会問題にアプローチしたマジもんの危うい作品があったようだ。

初代・2と共にhalf-lifeのMOD界隈は現在にまで繋がる競技性の高いFPSから特異なアドベンチャーを生む土壌になった。ラディカルであったり実験的な手法をMODからスタートし、あとにスタンドアロン版としてリリースされてきた作品は数多い。

そんな特異さが当たり前な土壌の中で異色の経歴を持ったMODがある。それはオーストラリアの移民問題という凄まじく突っ込んだアプローチをとり、特異な注目を浴びていた。だがその野心にもかかわらず、危険なテーマがさまざまな批判を受ける中で制作は中断。完成品がリリースされることなく、現在までもhalf-life MODという形でのプロトタイプ版のみが残されている。それが2003年から2004年に行われたプロジェクト「ESCAPE FROM WOOMERA」だ。


オーストラリアで報道管制が敷かれた場所を暴くドキュメンタリーゲーム

90年代から2000年を跨ぐころ、ビデオゲームが社会的なレベルからアート方面へのアプローチを強めようとしたその萌芽はさまざまなところに生まれていたのは確かだろう。2002年前後あたりから欧米ではゲームを社会や教育的に有用な立場にするシリアスゲームムーブメントというのも書いとくべきかもしれない。

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 「ESCAPE FROM WOOMERA」はその萌芽のなかで大きなものとして今も振りかえられる。このゲームはオーストラリアにあるウーメラ移住受付処理センターを舞台にした、中東からの不法移民たちの現状をテーマにした作品だ。制作された2000年代初頭のオーストラリアでは中東などからの移民問題でナイーブな状況だった。移民収容センターの状況はメディアに報道管制が敷かれていたため内密にされており、国民には内情は殆ど知らされなかった。

オーストラリアは古くより移民を受け入れてきた国であったのだが、かつては中国などの難民が仕事を求めて移り住んできた。だが90年代から2000年代より中東からの難民が増加して以来、その対処に問題が生じる。2001年のアフガニスタン難民を載せた船のオーストラリアの受け入れの問題であるタンパ号事件などをはじめ、移民問題のシリアスさに変化が起きていた。

そうしたナイーブな移民問題の只中だったという2000年代初頭当時のオーストラリアでの移住受付処理センターは極めて非人道的な状況だったという。ゆえに報道管制が敷かれ、オーストラリアのマスメディアは完全に移民収容センターの内情は国民にシャットダウンしていたのだ。

本作の製作チームは一体何が起きているか謎であった移住受付処理センターの状況にアプローチし、政府を批判する試みが目的の一つにあった。


ビデオゲームの可能性を社会的なレベルからアートのレベルまで押し広げようとしたプロジェクト

しかしそれは単なる政治的なビデオゲームというだけではなかった。これはゲームクリエイター、現代美術家、ジャーナリストが一堂に会したプロジェクトだった。

当時アタリ・メルボルンスタジオに在籍していたキャサリン・ニールが先述したオーストラリア近郊で起きた移民を載せた船の受け入れ問題・タンパ号事件から発案。そこにhalf-lifeMODを利用したアート・インスタレーション「Container」を発表していたゲームを使った現代美術家・ステファン・オネゲル、ABCニュースでの仕事実績を持つジャーナリストのケイト・ワイルドなどなどが加わった。

報道管制が敷かれた収容センターの内幕をドキュメントしようとするのはもちろんだが、彼らはビデオゲームの可能性を拡張していこうとする目的があった。そこには単なるエンターテイメントに終わらない、社会的な状況へのアプローチやインタラクティブなアートの可能性を広げる野心があったのだと思う。

 公式サイトに訪れれば真っ先にこんな一文がある。”あなたがウルフェンシュタイン城から脱出するのは困難だったと思ったなら、ウーメラ移住受付処理センターはどうだ?”わざわざウルフェンシュタインシリーズを持ち出しているように半ば挑発的に記しており、当然危険で野心的なプロジェクトは大手からの出資は得られない。

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ゲームスタート時に画面右上に表示されるオーストラリア・カウンシルのロゴ。カンガルー。

ではいったいどこから資金を調達したのかというと、まずはじめに文化助成機関であるオーストラリア・カウンシルからだ。アーティストを支援するこの機関により25000豪ドルの出資を得て、製作が行われ、その他にも出資者を探していく予定だったという。

 

金網の奥にて

 

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移住受付処理センターのタコ部屋 ここから脱出劇が始まる。

half-life GoldSrcエンジンで作られたプロトタイプ・ESCAPE FROM WOOMERA」の内容はこうだ。

プレイヤーはイランから亡命した青年ムスタファを演じる。イランの秘密警察に両親を殺されており、自分も狙われている。そこから逃げるために密売組織の船に乗りオーストラリアへ亡命しようとする。しかし船はオーストラリア近郊のアシュモア岩礁で座礁してしまう。

ムスタファはそこでウーメラ収容所に収監される。だが、そこで身元を確認されればイランへ強制送還されるだろう。待つのは秘密警察であり、確実に死が待つ。ムスタファはウーメラ移民収容所から脱出することを決める。

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ファーストパーソンでのポイント&クリックアドベンチャーとなっており、左上のゲージはタイムリミットを示している。時間までにムスタファはウーメラから逃げ出す方法を探る。登場人物のベースには実際にウーメラ移住受付処理センターの人間をモデルとしていたという。

オーストラリアの国民に内密にされた、アンタッチャブルな場所であるウーメラ移住受付処理センターの内部に足を踏み入れるというのは日本で例えるならどういう経験にあたるのかはわからない。(漫画でいうなら福島原発の作業員だった竜田一人の描いた「いちえふ」がそれにあたるだろうか)金網に囲まれた収容所は暑苦しく粗雑で、管理者からの放送が流れる。殺伐とした気配を反映させようとしている。

本作を通してファンタジーの全くないオンタイムの現実の問題、メディアから締め出された移民たちの問題、それらにプレイヤーを立ち会わせ、様々なジレンマを起こすことがそのゲームデザインの目的だったと言う。だがそのコンセプトが完遂することはなかった。

移民省の大臣や人権団体の批判、そして資金調達中断

プロジェクトは大きな批判を受けことになる。アンタッチャブルでナイーブな問題をビデオゲームにしてしまうということ…それは直感的なレベルで不謹慎で不快感があっただろう。

当時の移民省の大臣フィリップ・ラドックは本作に対し「出資したオーストラリア・カウンシルの考えはどうかしてる。違法行為を推し進めるものに名前を貸していることは裁かれるべきだ」と発言。オーストラリアの人権団体は「亡命者を犯罪者と誤解させる内容であるし、単純にエンターテイメントのために移住受付処理センターの問題をアイディアにしてるのはイカれている」と批判した。だが「ビデオゲームを教育のツールに使うのは歓迎」とも発言する。批判を受けたオーストラリア・カウンシルは本作の出資に関して「犯罪を先導するものではない」と発言し、プロジェクトを擁護した。

こうした状況も関係してなのか、オーストラリア・カウンシル以外の他の出資者を見つけることが出来ず、完成版にまでこぎつけることが出来ずにプロジェクトは終了してしまう。

残されたのはゲームデザインのあらましを残したプロトタイプ版のみだった。それは強く興奮させられるものでもない。ただ封じられていた当時のウーメラ移住受付処理センターの乾いた憂鬱な気配が刻印されている。

ドキュメンタリーゲームという意味で理想的であるがゆえに危険物扱いされた作品

10年以上経過した今もいくつかの海外ニュースやゲームメディア「ESCAPE FROM WOOMERA」の意義を振り返っている。

現在ドキュメンタリー要素のあるゲームが少なくない。でもはっきりドキュメンタリーゲームになるならその現実の事件や題材に対しててめえの意見をぶち込んだものがいい。それこそが、単なる教育的な側面に集約されるシリアスゲームと切り分けられるべきものになるはずだ。(前回、教育を目的とするシリアスゲームとの差あたり書きそびれてた)

そして本当に現在進行形の社会問題に切り込みそして製作中止にまで追いやられるほどシリアスなアプローチを取ったゲームが本作なのではないだろうか?

ドキュメンタリーゲームの可能性は現在も拡張されている。そう、たとえばOculus Riftにて製作されたというメキシコーアメリカ間で起きた暴行事件を題材としたという「Use of Force」 などなど…いずれスレスレで、そしてギリギリのエッジに立ったドキュメンタリーゲームというのもリリースされていくのかもわからない。

ESCAPE FROM WOOMERA公式サイト

MOD DBからのMODダウンロードはこちらから

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